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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
神社に関する知識をわかりやすく解説します。

後鳥羽神社【参拝レポート】

2019年7月10日 2022年11月27日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

橋本ユリ
今回は、滋賀県長浜市にあります「後鳥羽神社」についての記事をY.Kさんに投稿していただきました。


  • 後鳥羽神社のご利益、御祭神、御由緒

  • 後鳥羽天皇について

  • アクセス


などについてお伝えします。

それでは参りましょう!

ご利益



  • 厄除け・健康長寿

  • 学業の神

  • 縁結び

  • 開運


後鳥羽天皇は、文武両道で多彩な才能を発揮されていました。
その中でも、和歌がとても有名です。
新古今和歌集も、後鳥羽天皇がいなければ世に出ていませんでした。

御祭神


後鳥羽天皇ごとばてんのう

後鳥羽天皇について


後鳥羽天皇の和歌を一つ紹介します。

『奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと 人に知らせむ』

噛み砕いて説明すると、
「とげがある低木がたくさん生い茂っている山の奥であっても、私は恐れず前に進み、今の世にも正しい道があることを、みんなに知らせたい。」
という和歌があります。

後鳥羽天皇の人間性が現れている和歌ではないかなと思います。
「どんなに困難な道であっても、先頭に立って前に進み、道を切り開いていく」という強い意志を感じます。

そのような強い思いを持っていた結果、北条義時が執権を握り、日本が覇道の道、強者と弱者の上下関係の道に進もうとした時に、後鳥羽天皇は、本来の日本の進むべき道、上下関係でなく、お互いの長所を生かし、短所は補い合うという助け合いの道を糺そうとしたんだと思います。それが承久の乱という形になったんだと思います。

このようなエピソードが、道を切り開く、開運するというようなご利益があるのだと思います。

御由緒



名超寺の宝として後鳥羽上皇御自身が彫られた、木造の肖像を安置されていました。

明治11年に明治天皇北陸御巡幸の際に大津にてこの木像を拝見したことがきっかけとなり、

明治13年に遷宮祭が執り行われ、後鳥羽神社が創建されました。

本殿


入母屋造唐破風門付本殿兼拝殿 間口六間 奥行四間三尺

アクセス


〒526-0824 滋賀県長浜市名越町179−1

JR田村駅から車で約10分


JR田村駅から徒歩約50分

まとめ


橋本ユリ
近くに来た際には是非一度参拝し、道を切り開く力を頂きたいですね!

この記事をまとめた人

橋本ユリ
橋本ユリ
神社チャンネルのメインキャラクター。北極神社の新米巫女。2017年、神社参拝セミナーで羽賀ヒカルと出会い、日本人の良さと伝統を伝えていきたい!という思いから、この神社チャンネルサイトが始まりました。(という設定です。)

メルマガでも発信しています。

これらの記事も合わせて読むと、開運の秘訣がわかります。

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