神社チャンネル

神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
神社に関する知識をわかりやすく解説します。

水の神様 ミズハノメノカミを祀る神社|丹生川上神社中社 日下宮司と共に

2023年8月10日 2023年08月10日

羽賀:神社チャンネル、今回は丹生川上神社の中社に来ています。

こちらは、丹生川上神社の日下宮司です。

本日はどうぞよろしくお願いします。


宮司:日下でございます。どうぞよろしくお願いします。

羽賀:今回は日下さんにご案内していただくという形で、丹生川上神社中社をお参りしていきたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

 

「丹生(にう)」とは、どんな意味?


宮司:これから、境内の色々なところを少しご案内させていただきます。

まず初めに、この鳥居ですけれど、これは両部鳥居と申します。


軽く一礼をして、入っていただく。

そして、向かって左側のお手水で手を清めていただきまして、それから参拝という形をとります。


それから、この正面が拝殿ですね。


鈴の緒を振っていただいて、神様にこれからお参りしますと挨拶して、参拝なさってください。

神社の参拝の仕方は、二礼二拍手一礼ですね。

2回頭を下げていただいて、2回拍手して、また1回礼、という形で参拝していただきます。

羽賀:ありがとうございます。よろしくお願いします。


宮司:丹生川上神社という名前ですが。

前に流れている川が丹生川でございまして、その上と書いて、丹生川のほとりの神社という意味合いがあります。


そして、丹生というのは、朱とか水銀がとれるということで、当社から上の方へ大体1.5キロぐらい行きますと、昭和43年、今から60年ぐらい前までは、妙法山で鉱山がありましたが、昭和45年に閉山になってます。

大体そういう水銀とか朱を採掘する鉱山師と関連して、丹生さんがいる。


別に、丹治さんという方もいらっしゃって、主に鉄鉱石、鉄を採掘する人です。

丹生さんは朱や水銀で、丹治さんは鉄ですが、このような鉱山師というのは、山に入りましたら、大体金の鉱脈を探します。

それが最初は俗に言う山伏で、それがずっと下がってきて、水銀とか一つの種目別に変わっていき、今の苗字の形になるんですね。

全国に丹生さんとか丹生郡とか丹生町とか、丹生村がたくさんありますけれども、そこは主に水銀が取れる、あるいはまた朱が取れるところです。

そしてまた、丹生という一族が移り住んで一つの村を形成し、丹生という名になったところもありますね。

 

水の女神~龍神への捧げもの


宮司:本来当社は、ミズハノメノカミというご祭神ですが、ミズハノメノカミと申しますのは、水一般、全てのものをご支配なさる神です。


そしてミズハとは、水が生まれるという意味合いを持ち、さらにミズハノメの神様は、伊勢にお祀りされています、天照大神様のお姉さんに当たります。

一番最初に御社が出来たのは675年でございまして、それからずっと御社に神様がお祭りされて、こんにちまで1347年経ってるということですね。

そして、水の神さんですので、奈良の大和に都があるときには、雨が欲しいときには黒馬、晴れて欲しいときには白馬の献上が、96回ございました。

都がやがて京都に移りますと、当社には朝廷から祈願に来ることはなく、その代わり、水の神さんとしては京都におきましては、貴船神社がその役割を果たす形になるのです。

だからこの辺りの地名は、「蟻通」と言いますが、なぜその地名になったかと申しますのは、この辺りは俗に言う吉野離宮の跡地だったからです。


羽賀:すいません。離宮ってなんですか?

宮司:吉野離宮というのは、天皇様の避暑地的なものですね。

またその土地の人々と交わりをするところ、それが離宮ですね。

今であれば桂離宮とか、那須とかいろいろございますけれども、そんな形でここが俗に言う吉野離宮です。

第15代応神天皇から45代の聖武天皇まで、こちらには天皇様が53回お越しいただいております。

それで、天皇様がお越しになるときには、昔は3尺とか5尺とかの狭い道でしたから、大きな隊列を組んでくることができず、女官武官、いろんなお供の人を引き連れてまいりますと、長い行列になるんですね。

遠くから見ますと、それが蟻の行列に見えたということで、蟻通と言われました。

羽賀:そういう風に、天皇様がここへお越しになったと。

宮司:しかし、やがて都が奈良から京都へ移りますと、だんだん、天皇さんがお越しにならなくなりまして、この離宮が、しだいに寂れてまいります。


ここに、昭和38年に東京電力さんと関西電力さんが挙げていただいた絵馬がございます。

雨が欲しいときに黒馬、晴れて欲しいときは、白馬を上げていただくんですけども。

この昭和38年というのは、ご存知の通り、黒部の第4ダムが完成した年でもございます。


また途中にかかっております白龍・黒龍の絵ですが、京都に住んでらっしゃる月永優さんという方が、東の滝という大滝で、黒龍と白龍を見たということで、この絵を描いていただいたのです。

だから、水神さんイコール龍神という形ですね。

 

本殿の知られざるご祭神


宮司:こちらから見ると、構造がよく分かります。

ここが拝殿、そして回廊がありまして、上に中殿、その横にある建物が本殿です。


羽賀:本殿はご神体がいらっしゃる?

宮司:

そうですね、ご祭神はミズハノメの神さんですね。

そして配神として向かって右側にイザナミ。そして向かって左側にイザナギという2人の両親をお祀りしております。

 

その横に、東殿、西殿という二つの御社がありますけども、これは文政10年に建てられた建物で、約180年経っています。

羽賀:奥には、御神体があるんですか。

宮司:この中には、御神体というのですか、平安期から鎌倉に作られた、女神男神のご神像が、20体入っており、全てが令和2年の2月の2日に県の有形文化財になっております。

今は、令和4年度の重要文化財の指定を受けるために、文化庁の方にお預かりをいただいているような状況でございます。

羽賀:女神像・男神像ということは、男神、女神ということですね。

ご祭神ミズハノメノミコトが女神ですが、男神は、誰になるんですか。

宮司:イザナギです。

またこちらの方に参りますと、開花天皇とか、上筒男命とか、大国主命さんとか。

向こうに行きますと、八心思兼命とかそういう配神がいらっしゃり、それが男神像ですね。

 

ご神木とご神水でエネルギーチャージ!




羽賀:龍玉は、なぜ始められたんですか。

宮司:これはですね。

東の滝に龍神がいらっしゃり、実際に白龍黒龍を見た人もおりまして、そこに行って願い事を考えると、龍神さんのご加護があるという話が広まりました。

それなら、水の神様にお供物ではないけど、何か自分の気持の御印を捧げて、ご加護を祈った方がいいんじゃないかということで、こういう形をとりました。

これは泥を型に入れて固めてるだけなんですよ。

だから落とすとすぐ割れてしまいますし、水に入れると、すぐ溶けます。

羽賀:もともと泥だから。

なるほど自然にも優しいということですね。

夢淵で、僕も投げさせていただきます。


宮司:あそこに大きな木があるんですけどね。

羽賀:はい、ご神木。樹齢はどれくらいなんですか?

宮司:1000年強ですね。

羽賀:あー、歴史が古い神社ってことですね。

宮司:これは昭和34年の伊勢湾台風までには、まだ4本ほどあったそうです。

しかし伊勢湾台風による強風で倒れてしまって、これ1本だけが残ったと。


羽賀:すごいですね確かに、樹齢1000年っていうのは。

宮司:周囲が7メーター60センチあるんですよ。

日本に数本しかないと言われています。

羽賀:では、触れさせていただきます。

すごい。気持ちいいですね。すごいエネルギーです。


宮司:そうですね、もう1000年を超えていて、まだ生きてる、その息吹というものはものすごく感じます。

宮司:この井戸は、ちょうどこの後ろに小牟漏岳(おむろだけ)という山に降った雨が、本殿のところを通って、ここへわき出ているのです。


羽賀:この水をちょっといただいても?

宮司:大丈夫です。はい。


羽賀:あ、ちょっと温かい感じがする。

では、井戸水をいただきます。

うん。なんか甘い感じがします。

さすが、水の神様ですから、これがまさにご神徳ということですよね。

ありがとうございます、もうなんかすごいパワーをいただきました。


みくまり信仰とは、何か?


羽賀:ちなみに、他の丹生川上神社さんには、タカオカミ・クラオカミがいらっしゃるじゃないですか。

ここにはいらっしゃらない?

宮司:タカオカミ、クラオカミもいらっしゃるんです。

大正12年から、宮司は上社や下社に行ってのお祭りはできませんもんですから。

上社のタカオカミ、下社のクラオカミを分け御魂として、こちらの方にお呼びをいたしまして、一つの御社を設けて、そこでお祭りをしております。


羽賀:イザナギ、イザナミ、ミズハノメがセットになるのは、珍しくないですか?

宮司:いや、それはないですね、親子の関係ですからね。

お父様お母様からお子様ができたということで、みくまり信仰というのがあります。
「みこも」ということで、子ども信仰ですね。


子どもを守るという、「子守(こもり)信仰」というのが、できたのです。

だからここの社も、一時は子宝、あるいは夫婦円満、子供を守る神様として、ご信仰をいただいたときもあるんです。

 

自然災害を受けた丹生川


羽賀:なるほど。宮司さんになられて、どれぐらいなんですか?

宮司:ここの神社に、私が赴任したのは平成19年ですね。

今年で17年になりますね。

羽賀:それは神社本庁から派遣されるような形ですか?

宮司:こんな山奥ですから、どなたも宮司になる方がいらっしゃらなくて、私が手を挙げてここに来たのです。

故郷徳島と同じで、見渡す限り全部神社の神域なんですよ。

私が来た当時は、この水がこの下近くまで来ておりました。

羽賀:水が減ったんですか?


宮司:紀伊半島の大洪水というのがありまして。

平成23年、今から15年ほど前になりますかね。

そのときに、ここから1メーターぐらいまで水が上がっていたんですよ。

山からもう、崩れた土石や木材が、矢のように走り下る。

私も初めて見たのですが、大きな石の塊が、水の勢いで、上をポンポン、ポンポンとピンポン玉のように跳ねていく。

その時から、土砂にほとんど埋まってしまって、このような状態なんですね。

私が来た平成19年には、この近くまで水が流れ寄せまして、大変綺麗な感じだったんですけども。

もう深いところでしたら、大体1メーター50センチほどありました。

それが土砂に埋まってしまったような状態です。

羽賀:それでも綺麗な川ですね、丹生川。

宮司:そうですね、丹生川は、夏になるとここへキャンプに訪れる方が多いですね。

川遊びとか、清らかな川ですので。

 

日本誕生を後押しした占いの地、夢淵




宮司:これが、蟻通橋(ありどおしばし)です。

羽賀:天皇が昔、蟻が通るように行列を作って御幸された、ということで。

宮司:こちらから見てください、ここが夢淵です。


ご存じのとおり、神武天皇が九州の日向(ひうが)から、善き地を求めてくるんですね。

いよいよ大和の国に入るのに、難波に上がり、そして生駒の東大阪に日下坂という坂があります。

その坂を越えて生駒に入るときに、東に向かって戦いに行って、ナガスネヒコに負けてしまうんです。

そしてナガスネヒコの大群の矢に当たり、イツセノミコトというお兄さんが、背中に矢を受けて、やがて今の泉州沖で亡くなります。

東に向かって戦いを挑んだ事が良くなかったから、東の太陽神を自分の後ろにいただいて、上がってきたらいいということで、熊野まで行って熊野から上がってくる。

いよいよ敵陣である大和の地に入るに当たりまして、占いをしました。


夢枕にお告げがあって

「天の香具山の土で、88枚のヒラカ(皿)を作り、イツベ(酒の壺)を作り、それを夢淵に沈めて占いをしろ」

と、いうことなんですね。

羽賀:焼き物を作って、それを沈める。

どういう占いなんですか、それは。

宮司:それはですね、お酒の壺みたいな「イツベ」を沈めたのです。

日本書紀によると、88枚皿のような「ヒラカ」を作ると、そこに水がないのに、飴ができたというのです。

飴=たがねなんですね、武器という意味合いでしょうね。

そして酒壺のイツベを、夢淵に沈めることによって占いをするんですね。

その壷には、色々なまじない的な行為があるのでしょう、それを沈めることによって、大小の魚が浮き上がった。

浮き上がって流れたから、この戦は勝てるという占いをするんですね。

羽賀:多分何か仕掛けなかったら、浮かび上がってこないですよね。

宮司:それは色々あると思うんですけどね。

万葉集によく出てくる言葉の中に、山椒の実があります。


山椒の実をすりつぶして水に入れると、催眠効果があるんですね、あれは。

山椒の実をすりつぶして、一つの淵に放り込むと、魚が一時、麻痺して上がる。

そんな漁法が伝わっていますので、多分私はそれでないかと思うんですけど。

「酒壺イツベを沈めると、大小の魚が浮き上がって流れた、この戦は勝てる!」

というようなまじないは、まるで魔法のように見えますよね。

不思議なありさまに、後ろに付いている兵士の士気は大いに盛り上がり、やがてヤソタケルそしてナガスネヒコを打ち、第一代神武天皇として、今の畝傍の里、橿原神宮でご即位する。


そのときに浮き上がって流れた魚というのは、魚偏に占うと書く「鮎」ですね。

日本人が作った国字は、魚偏に占うと書いて「鮎」なんですけども。

羽賀:鮎は、中国語じゃなくもう日本語なんですね。


宮司:そうです。向こうから来た字は鮎は、「香魚」と書くのです。

生で食べると本当にもう、スイカとかキュウリのような味がします。

この川は、ほとんどダムがありませんので、和歌山港まで流れ込むのです。

和歌山港から紀の川に入り、紀の川から吉野川、そして神社の前を通る丹生川(今は高見川)に繋がっていく。

ダムがないもんですから、そのまま溯上してきます。

 

日本発祥の地として承認される




宮司:これは「神武天皇聖蹟」ですね。

昭和15年に地域2府4県の中に神武天皇様が、いろんな形として残したものに、碑を建てていくんですね。
日本には皇紀というのがあるんです。

羽賀:西暦とは別に、日本人が持ってる皇紀という神武天皇からの年号があるんですね。

宮司:はい、今の西暦に660年を足すと皇紀何年になるんですけども、昭和15年がちょうど皇紀2600年の年に当たったので、それを祝してこういう記念碑を建てたんです。

そのときに一番最初に立ったのがここだった。

羽賀:そうなんですか。

ここ夢淵で占いをしたということで。

宮司:そうなんです。

ここで占いをしたことによって、勝利し、第一代神武天皇として即位した。

だからここが、日本の国の発祥、建国の地ということで、神武天皇聖蹟「丹生川上顕彰碑」が一番最初に立ったのはここなんです。

羽賀:実は僕、仕事が神社の研究と占いをやっています。

 

穢れを祓う水の女神のお力




宮司:神社には、ケとハレという2つがあります。

ケ=汚れというのは、日常、いろんな人やものに接し、いろんなものを見、触り、匂いを嗅ぐ、それによって自分の魂が、気がだんだん枯れていく。

「ケが枯れる」、それが「汚れ」であって、その汚れをもう一度、最初の新しいかたちに戻すのが、ハレの日ということですね。

だから、ハレの日には、美味しいものを食べたりしますし、いいものを着たりします。

晴れ着とか、あっぱれとかいうのはそういう言葉から来とるんでしょうね。

私もここで1ヶ月に2回ほど川につかるんです。


羽賀:沐浴斎戒ですね。

宮司:沐浴というのはね、やっぱり本来、この自然の力をいただきます。

私は川に浸かることによって身の汚れを取ってもらうのです。

羽賀:なるほど。

でも神職さんはそういうことが大事ですけど、一般の我々にとってみても、そういう罪汚れを祓うことは大事だなと思って。

例えば、お風呂もそうだし、鼻うがいとか、もしくは大祓祝詞を唱えましょうとか。


宮司:はい。それは結構ですよ、なお、よろしいんじゃないですかね。

だから、適度な睡眠というのが、やっぱり必要でしょうね。

月曜日から金曜日まで、土曜日まで働きますと、いろんな人に接する、いろんなものを見る、いろんなものに触れたりしますのでね。

自分が持ってるものがどんどんどんどん他人に吸い取られてしまうんですね。

だから、家に帰ってお風呂に入ってその穢れ を落とす、疲れを落とすというのも一つの方法ですし、また美味しいものを食べて、そして快眠するというのが大事ですよね。

何気ないところに、祓いの儀式というのはあるんじゃないですかね。

 

龍神の瀧に、龍玉を捧げて祈る



羽賀:この橋は結構すごいですね。

宮司:「夢橋」というんですがね。

羽賀:なぜ「夢」なんですかね。

宮司:神武天皇が夢枕で見たことからでしょうね。


宮司:これが二つの流れで、クロスしている「龍神の瀧」です。

泡立っているところを写真に撮ると、よく龍の顔が映るんですよね。

今でもブクブクと顔がみえるようです。

こちらから来るのが四郷川(しごうがわ)という川なんですよ。


左の方から来る、こちらが木津川(ほつがわ)



ここから流れてる川が日裏川という川なんです。


この三つの川が合流して、丹生川になっています。


ちょうど、ぶつかっているところが渦を巻いていますね。

だからあちらの洲も、この上から流れてきた水と水がぶつかってできたのです。

水害が終わった直後は、ここまで水が来ていて、湖みたいでした。


羽賀:ここまで来るんですか。

宮司:平成の23年の紀伊半島の大洪水のときはね。

羽賀:ここで瀧に打たれることはありますか?

宮司:昔はしました。

平成23年に、川が全部えぐられてしまったのです。

この瀧も、えぐられることによって、本当に神秘的な感じになってますけども、昔はある程度石が中にありまして、渡って近くまで行けたのです。

先ほど購入していただいた龍玉を、手に持ちながら、自分の願いを込めていただいて。

そのあと、後ろに穴がありますから、息を3回ふきかけて、投げ込みます。



羽賀:ありがとうございます、投げますね。


宮司:ナイス!

 

裏事情~治水権は奈良県にない?!


羽賀:これはいつぐらいからあるんですか


宮司:大正くらいですね、元々はなかったけども。

向かって右側の方が水神社と書いてますけども、そこにタカオカミ、クラオカミが祀られているのです。

そこは、大正12年からですね。

向かって左側は、東照宮なんですよ。


東照宮というのは、この川は流れていきますと全部、高見川から吉野川に入り、吉野川から紀の川へ。

紀の川が入っているのは和歌山県、紀州藩。

これから少し離れた小川という場所には、紀州藩の領地がある。

羽賀:要は紀州藩なので、徳川御三家のいわば直轄であるということで。

東照宮も祀られている、徳川の土地だから。

宮司:そうです、この一角はね官僚地なんです、地目が。


羽賀:あー、元々徳川の土地だったところが、そのまま政府が引き継いで、官有地になっている。

宮司:水の権利ってのは、ものすごい力があるんですね。

この川の権利を持ってるのは、和歌山県なんですよ。


たとえば、この川に大きな浄水場を作るとかの場合、許認可は和歌山県。

奈良県を流れている水なのに、権利は和歌山県にあります。

おかしなもんですね。

将軍家の力がここまで及んだことで、ここに東照宮を置き、徳川家康と御三家の一つである紀州藩の歴代の殿様をお祀りしてるのです。

それも、ちょうど徳川の3代将軍吉満くらいからでしょうね、お祀りするようになったのは。

羽賀:では、毎日、本殿とあちらとこちらを必ずお参りされているのですね。

宮司:巡拝という形ですね。

本殿でお祭しましたら、やはり本宮さんも行き、こちらの水神社に行くということですね。

だから今も、当社の中祭とか大祭におきましては、宮司はお祭りが終わりましたら、無事終わりましたということのご報告を兼ねて、本宮さんとこの水神社には必ずお参りをするという、そういう習わしになっています。

 

宮司さんに起きた不思議


羽賀:僕ら師匠から、神様がいるとしか思えないような瞬間とか時間もしくは空間を作っていく事を教わっていて、それを理念にお店をさせてもらってるんですけど。

宮司さんから見て、神様、本当におられると思った瞬間はありますか?


宮司:いやそれは、いっぱいありますね。

例えば一つは、正夢というのは皆さん見たことがあると思うんですね。

ここはどこだろうと不思議に思う、今まで行ったことがない光景を夢で見た後に、実際にその前に立つ場合があるんですね。

そういうのは、私も多々ありますね。夢枕ですね。

それから、今日はちょっと体がおかしいな、しんどいなという時に、予定をキャンセルする場合もありますね。

そしたら、行かない方が良かったという事が起きる

時刻通り列車が運行できないとかでね。

また、今日は胸がときめく、楽しいウキウキした気持の時、本当に久しぶりにそういう方が、訪ねてくることも。

羽賀:久々のご縁ですね。

宮司:そういう一つ一つの事柄ですかね。

一番最初、驚いたのは、この川に雲海が上がるんですよ。


羽賀:ほお~。雲の海!

宮司:雲の海は滅多になく、1年に1回ぐらいですかね。

ちょうどこのあたりの寒暖の差が激しいとき、川の水蒸気が霧になるんです。

そうすると、霧が上がってきて、まるで龍がうねっているように見えるときがあります。

朝の大体6時から6時半ぐらいにかけてのわずか30分ぐらいですけどね。

羽賀:宮司さんは、ご覧になったんですね。

宮司:うん。それはもう五、六回見ましたけど。それ以外は見ないんですね。

羽賀:まさに龍が現れたかのように。


宮司:おお、それはすごいですよ!

もう波打ってサアっと、上から流れていくように。

羽賀:雲が流れて行くって確かにすごいですね。

宮司:それもこう波打って、うねるような感じです。

だから不思議なことは、皆さんにも、多々あると思うんですよね。
ただ気づいてないだけなんですね。


一つ一つのご縁というのも、神さんが結ばれるのでしょう。
特に男女の縁とかはね。



 

神様が叶えたくなる願いごと


羽賀:お参りされる方には、どういうご利益あるんですか?と聞かれる人もいませんか?

宮司:ご利益はね、自分の体にある悪いものを取り去っていただくのが一つですね。

それとともに、願い事は叶えていただいた。

ただ、その願い事も金銭的な願い事でなく、無心の願い事ですね。

だから自分を中心として、誰かの安全などを叶えていただく。

お金が欲しい、宝くじが当たってほしいとか目先の利益でなしに、みんなが太平で幸せにという祈りは、必ず叶えていただけます。

それはどこの神社でも、そうだと思いますけどね。


羽賀:水の神様や龍の神様が、運気を運んで届けてくれる、水は繋がっているということですね。

宮司:水は、循環してますからね。

羽賀:それを運んでくれるのが、ミズハノメの神でもある。

宮司:やはりこういう田舎に、これだけの神社が鎮座してるという、その意味をね、もっと知ってほしい。

そして、なぜ日本人が神社にうやうやしくお参りするか、日本人が心に持っているアイデンティティですかね、そういうものに、やはり立ち返ってほしい


こういう小さな神社、大きな神社がたくさんあります。

観光の神社もあり、商売の神社もあり、都会の神社であれば、駐車場だけで運営している神社もあります。
しかしそこには、時代を超えて、多くの人たちがお祀りし続けたご神霊がおられます。

そして、神社それぞれに歴史があります。

だから私が一番好きな言葉は、「歴史への参加」なんですよ。

私もここへ来てまだ17年ですけども、1347年という歴史の中のわずか17年、この丹生川上神社の宮司として参加させていただいてる。

だから皆さん方もそうですけども、会社においても、その会社の一つの流れに参加してるのです。

日常では、何にもないと、思うのでしょうが。

羽賀:今日のテーマで言うと、巨大な水の流れの一部ということですね。

そこに単独で私がいるというより、水の流れの一部だから、今まで流れてきたものを継承して、それを後世に伝えていく。

それは別に神社の神主さんだけじゃなくて、私達日本人等は、伝統とか文化とかを受け継いで伝えてく、その大きな流れの一部にいるんだと、思い出させてくれる神社が、この丹生川上神社のミズハノメの神でもある。


宮司:きれいに、締めていただきました。(笑)

羽賀:ありがとうございました。

本当に私自身も丹生川上神社で、先ほどの夢が淵もそうですけども、すごく良いエネルギーで、禊がれた感じがありました。

本当に丹生川上神社中社は、ぜひお参りしていただきたい神社の一つだと感じました。


宮司:またお待ち申しております。



 

・神社チャンネルのこちらのYouTubeバージョンもご覧ください。
水の神様 ミズハノメノカミを祀る神社|丹生川上神社中社①

神武天皇が占った聖地・夢淵へ|丹生川上神社 中社②

龍神の滝で龍玉を投げると・・・|丹生川上神社 中社③


また、こういった個人の開運方法や、私たちの実践は、ゆにわ塾というコミュニティで発信していますので、ご覧になって頂けたらと思います。
今なら、1ヶ月無料で入会できます。


【フリーメルマガゆにわのご案内はこちら】 →https://zinja-omairi.com/g/a/

【公式LINEゆにわの登録はこちら】 →https://lstep.app/ZABJ4w

※「アプリで開く」を押してください。

フリーメルマガ、公式LINEでは

・神社参拝で人生が変わった話

・YouTubeでは流せない歴史の話

・神様の功徳を受けて人生を好転させる秘訣

を発信していますので、ぜひご登録ください

この記事をまとめた人

のんのん
のんのん
ゆにわ塾歴8年、初期から神社チャンネルのライターをやっています。これからの激動の時代、人は神様と一緒に頑張らなくっちゃ!神様と人をもっと繋いで行きたーい、と願う神社大好きっ子です。

メルマガでも発信しています。

これらの記事も合わせて読むと、開運の秘訣がわかります。

「神社参拝」カテゴリの記事

神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
神社に関する知識をわかりやすく解説します。