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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

伊勢神宮別宮 倭姫宮(&倭姫御陵比定地)【参拝レポート】

2020年1月4日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

橋本ユリ
今回は、三重県にあります「伊勢神宮別宮 倭姫宮」についての記事をNFさんに投稿していただきました。

  • 倭媛宮のご利益、御由緒
  • 倭媛の神話
などについてお伝えします!

それでは参りましょう!

ご利益

  • インスピレーション
  • まっすぐ素直に意志を貫く力
  • 神や人に尽くす無私のサポート力
  • 困難な仕事、大きな志を成就させる

御祭神

倭姫命(やまとひめのみこと)

*第11代垂仁天皇の第4皇女。日本武尊の叔母。

社歴、由来

明治以前、倭姫の宮が無かったので、神宮司庁と市が創立を働きかけ大正12年に創立した新しいお宮。

神宮の14の別宮のうちのひとつ。

倉田山に創建した理由は、近くに尾上御陵(おべごりょう)と呼ばれる小さな古墳が倭姫命の墓と伝承されているからです。

三種の神器のひとつである、天照大御神の御魂の鏡は、最初宮中でお祀りされていました。

第十代崇神天皇が、同じところに居住するのを恐れ多いと思われ、良い場所にお祀りすることにしました。

 

皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)が様々な土地をお探ししました。それは50年あまりの年月になります。

最初は現在奈良県桜井市にある檜原神社の地に祀り、その後もあちこちの地に移転を繰り返します。

御高齢になったために倭姫命が後をついで、良き地を探して行脚しました。

倭姫は、21か所の土地を5年居続ける事なく、歩き続けます。

最後に、天照大神様は今の神宮の地にお鎮まりになりました。

 

その時のご神託です。

『寔(こ)の神風(かむかぜ)の伊勢国は常世(とこよ)の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。

傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。寔(こ)の国に居(を)らむと欲(おも)ふ)』

意味は、神風が吹いている伊勢の国は、常世からの波が幾重にも打ち寄せている。

天皇のいる大和の国のそばにある美しい国です。この国にいたいと思います。

このご神託を得て、倭姫はどれほど安堵されたことでしょう。

 

古事記には、日本武尊(やまとたけるのみこと)の叔母として登場します。

遠征に次ぐ、遠征に、父に疎まれているのではと嘆くミコト。

倭姫命は、神剣「草薙の剣」と女ものの衣装、火打石を与えました。

日本武尊は、これらを使って、何度も窮地を免れました。

そして、油断して草薙の剣を置いて出たときに、致命的な病に侵されてしまい、帰らぬ人となりました。

アクセス

住所 三重県伊勢市楠部町5  TEL 0596-24-1111(神宮司庁)

近鉄鳥羽線「五十鈴川駅」徒歩7分

三重交通バス徴古館経由内宮行きで徴古館前下車、 徒歩約3分

NFさんの参拝レポート


大きな道沿いに鳥居があります。
美しい道でした。さらさら木々がなります。


御手水の水も清らかで涼やかでした。

お宮が見えてきました。新しい木の香りがしてくるようです。

写真が暗いですが、とても明るい優しい感じの神社です。
両サイドから。紅葉が美しく、千木が金色に輝いていました。

倭姫宮には、一度行ってみたいと思っていました。

とても優しくあったかく歓迎していただき感激しました。

 

近くに、倭姫が埋葬されたのではないかと伝承されている

尾上御陵(おべごりょう)があり、行ってきました。
人が入れなくなっていましたが、小さな古墳でした。
こちらには、倭姫様の気配はなく、とっくの昔に神上がっておられるように感じました。

まとめ

橋本ユリ
神宮では一番新しいお宮ですが、倭姫は伊勢神宮の恩人ともいう方です。

黒い心でなく、赤い(明るい)素直な心で神様のいう事をまっすぐに受け止めて

最後まで迷う事も、疑うこともなく役目を果たしました。

倭姫の生きざまこそがいただく功徳ではないでしょうか。

巫女の鏡です!


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