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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

三宮神社【参拝レポート】

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

橋本ユリ
今回は、神戸市にあります「三宮神社」についての記事をN.Fさんに投稿していただきました。


それでは参りましょう。

ご利益

  • 恋愛運
  • 金運

ご祭神

宗像三女神のおひとり、 湍津姫命(たきつひめのみこと)をお祀りしています。
航海の安全と商工業の繁栄を守る女神と言われています。(黄色の衣の女神様です)

恋愛と、金運のパワースポットとも言われているそうです。
(近くには金融関係のビルがたくさんあります)

御由緒

創建などは、記録が残っておらず、はっきりしていません。

享保17年(1732)銘の石鳥居と手水鉢や、寛延元年(1748)銘の石灯籠が現存しています。この地は以前尼崎藩領だったので、石灯籠は尼崎藩主の奉納したものと伝えられています。

明治維新頃までは、神社の附近は山手まで一面田園でした。
宮は西国街道に沿って、宮の森はうっそうと繁って、遠方からもよく見えて目印になっていました。その頃神社の前には、アヤメを植え、須磨の前田邸のカキツバタと同じく有名で、旅人の楽しみでした。

末社の三宮稲荷と、安高稲荷大明神は古くから信仰され、各地からの信者の参詣があります。

ここは、歴史的な事件が起きた場所でもあります。
参拝時、ちょうど氏子衆と宮司さんが祭事をされていました。

神戸事件

慶応4年(明治元年、1868年)に 三宮神社前において 備前藩兵と外国兵が衝突しました。
大政奉還の原因のひとつが、神戸開港でもありました。

皇政復古の大令が出された後も、朝廷の力はまだ弱く、近畿圏の徳川方大名の力はあなどれません。
朝廷は、鳥羽伏見の変のあと、徳川親藩の尼崎を警戒して、備前藩の2000人の兵に西宮の警備を命じます。

その道中、三宮神社前で、突然外国人が行列を横切ろうとしたので、無礼を怒った藩士が切りつけました。
そのため、神戸港に停泊していた米、英、仏、伊、和、普の兵と銃火を交える騒ぎになりました。

備前兵は早々に立ち去り、神戸は外国人のために完全に 占領されます。神戸の町民は家を捨てて野山に逃れたと言われます。

天皇の勅使が6か国代表と会い、天皇親政になっていることを外国に知らせました。この時、初めて外交文書に「玉璽」が使われました。

備前藩士は、責任を問われ、永福寺で切腹しました。

この事件は、始め三宮事件と呼ばれていましたが、後に、「神戸事件」と改めています。

アクセス

神戸の中心、三宮と元町の間、繁華街のど真ん中にある神社です。
神戸市の中核地「三宮」は、この神社の名前から来ています。

〒650-0021 神戸市中央区三宮町2-4-4 TEL 078-331-2873(三宮神社)

交通公共

◆市バス「三宮神社前」下車すぐ
◆JR「元町駅」より南東へ300m
◆阪神電鉄「元町駅」南東へ300m
◆神戸市営地下鉄湾岸線「旧居留地・大丸前駅」3番出口すぐ

交通・車 阪神高速神戸線「京橋IC」から元町方面へ、大丸神戸店の北側。

駐車場 なし

まとめ

橋本ユリ
三宮神社は、恋愛と金運のパワースポットとして人気です!

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