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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

藤坂菅原神社-大阪府枚方市-【参拝レポート】

2020年8月30日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

 

橋本ユリ
今回は、大阪府枚方市にあります「藤坂菅原神社」についての記事をのんさんに投稿していただきました。


 

・藤坂菅原神社のご利益、御由緒

・ご祭神の神話

などについてお伝えします!

 

それでは参りましょう!

 

 

のんさんの参拝レポート

「なんじゃこりゃ。神社はどこ?」

となると思われる方がほとんどだと思いますが、

なんとこの神社、参道が線路で分断しているというのです!

あんまり期待をせずに(笑)高架下をくぐると、以外にも境内は清掃が行き届いており、目の前の道路とは違った空気が味わえます。

このあたりは、道も細かく住宅が密集しているのですが、ここだけ守られているのでしょうね。

駐車場もあるようで、線路をぐるりと回ってはいるようですが詳細はわかりません。

こんな形で存在する神社もあるんだと知り、面白かったです。

   
 

ご利益

  • 受験合格祈願
  • 学問・芸能上達
 

御祭神

【ご祭神】菅原道真

【末社】貴船神社(水天宮)・稲荷神社

[ご祭神の神話]

菅原道真は学者の家系に生まれました。

幼いころから学問に優れ、弓も上手だったと伝えられています。

和歌や漢詩に卓越した芸術の豊かな才能もありました。

さらに、政治家としても優秀で、醍醐天皇のとき五十五歳で右大臣に抜擢されています。

しかしこの異例の出世が時の権力者藤原氏の恨みを買い、讒言によって道真公は北九州の太宰府へ流されました。

その2年後、都に戻ることなく、大宰府で亡くなりました。道真の墓の上に、大宰府天満宮が立っています。

 

道真の死後、都では宮殿に雷が落ちたり、道真を陥れた藤原一族が次々なくなりました。

道真の祟りではないかと、その鎮魂のために北野天満宮が建てられています。

 

 

社歴、由来

拝殿の“藤坂天満宮由来”によると、

「後土御門天皇(1198~1210、鎌倉末期)の頃に津田城主・備後守正忠が津田郷から一座(12戸)を移して拓いたのが藤坂村で、永仁6年頃(1298)頃の当社は、津田郷の脇宮として三の宮座衆によって祀られていたと伝える。その後、天正年中(1573~93、豊織時代)になって津田城主・主水頭正時が社殿を造営した」

アクセス

住所 大阪府枚方市藤阪天神町1-1  藤阪駅 から徒歩3分



駐車場あります。

まとめ

橋本ユリ
菅原道真公、天神さまとじっくりとお話ししたいとき、この神社は静かに神様と語れますね。


これらの記事も合わせて読むと、開運の秘訣がわかります。

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