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新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

神話に隠された真実とは?ヤマタノオロチ神話の謎を徹底解説

2019年9月22日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

橋本ユリ
あなたはヤマタノオロチ神話について、一度は聞いたことがありませんか?
スサノオノミコトに退治されたというこの怪物の正体は、意外なものかもしれません。


それでは参りましょう!

ヤマタノオロチ神話のあらすじ

ヤマタノオロチ神話は、古事記や日本書紀に、次のように述べられています。

高天原(神々の住む天界)から追放されたスサノオノミコトは、出雲の国に舞い降りました。そこは、肥河(島根県の斐伊川)の上流でした。鳥髪というその地を歩いていると、美しい娘とその両親が泣いていたのです。

両親はアシナヅチ・テナヅチ、その娘はクシナダヒメと言いました。

アシナヅチ・テナヅチには8人の娘がおりましたが、年に一度やってくる怪物に食べられ、残るクシナダヒメも、もうすぐ食べられてしまうというのです。
その怪物は8つの頭と尾を持つ、巨大で凶暴な生き物でした。それがヤマタノオロチだったのです。

スサノオノミコトは、クシナダヒメを妻にするという条件で、ヤマタノオロチ討伐を引き受けました。
スサノオノミコトは両親に命じて、とても強い酒を造らせました。そして門を8つ作らせ、それぞれの門に、酒で満たした樽を置いたのです。

やがてヤマタノオロチがやってくると、それぞれの門に頭を入れて、酒を飲みほしてしまいました。酔っぱらったヤマタノオロチは、寝てしまうのです。

ここぞとばかりに、スサノオノミコトはヤマタノオロチを一気に十拳剣で切りつけて、退治しました。生き返らないように剣で切り刻んでいたのですが、ヤマタノオロチの尾を切ると、十拳剣は刃こぼれしてしまいました。

そして、切り口から見事な太刀が出てきたのです。これが天叢雲剣で、スサノオノミコトは、天叢雲剣を天照大御神に献上しました。

スサノオノミコトとクシナダヒメは結婚し、出雲の須賀の地で暮らしました。

これが、ヤマタノオロチ神話のあらすじです。

 

ヤマタノオロチの正体には諸説がある?

神話ではいろいろな出来事を、たとえ話にすることもあります。

ヤマタノオロチ神話もたとえ話の一つと考えられ、ヤマタノオロチの正体についても、いくつかの説があるのです

 

盗賊説

ちょうど収穫の頃を狙って、村を襲う盗賊。それを怪物に例えても不思議はありません。

8つの頭は、盗賊の頭目が8人だったのか、それとも「大勢」という意味で使ったのかは定かではありませんが、娘を食うは「さらわれた」を意味していたのかもしれません。

 

川の氾濫説

同じ時期にやってくる怪物、というと災害を思い浮かべませんか?

特に洪水は有力な説と言われています。川の支流が、頭や尾のように分かれている様子にも見えるでしょう。

スサノオノミコトが灌漑を行って洪水を防いだ、それが、怪物を退治したということなのでしょうか。

 

出雲の国説

出雲の国そのものが「ヤマタノオロチ」だという説もあります。

出雲の国は、豪族たちが力を持ち、大和朝廷に反乱を起こしていたのかもしれません。スサノオノミコトが高天原(大和の国)から軍を率いてやってきて、豪族たちを討伐したのが神話のもと、と考えるとしっくりきます。

もしかしたら、講和を持ちかけ酒盛りをして油断させて、大将の首をとったのかもしれませんね。

尾の部分から、天叢雲剣が出てきて天照大御神に献上された、というのも服従の印としての、貢ぎ物だったのかもしれません。

 

どの説も一理ありますが、本当にヤマタノオロチのような怪物が居たとしたら、面白いですね。

 

ヤマタノオロチが実在したならば?

では、実際のところヤマタノオロチは実在したのでしょうか?
先程のヤマタノオロチの正体から照らし合わせてみましょう。

 

斐伊川説

一番有力なのが「斐伊川(ひいかわ)」がヤマタノオロチだという説。

まず、スサノオノミコトが舞い降りた地が肥河(島根県の斐伊川)の上流の鳥髪です。
地域の風土記によると、この斐伊川は支流がいくつもある急流で、たびたび氾濫を起こし、人々を苦しめていたそうです。娘が食われたということは、人柱とも考えられます。

また、日本書紀においてクシナダヒメは「奇稲田姫(くしいなだひめ)」と書かれています。つまり、稲田が水没する様が食われるということであり、洪水がヤマタノオロチの正体と言えるかもしれないのです。

支流が8つに分かれた頭や尾を表し、夏季に川が干上がり、川底の石がきらめく様子が龍のウロコを連想させます。

さらに、川の神は龍であるとも言われ、洪水を起こすことが「手の付けられない怪物」というイメージなのかもしれませんね。

 

出雲の国説

次に有力なのが、出雲の国そのものがヤマタノオロチという説です。

当時、出雲の国は豊かで力の持った豪族もおり、製鉄技術もあったため大和朝廷は、出雲の国を臣従させたかったようです。

そのために遣わされたのがスサノオノミコトであり、戦に勝った大和朝廷に、出雲の国は天叢雲剣を献上したというものです。神話という形をとることで、マイルドに歴史を伝えようとしたのかもしれませんね。

 

ヤマタノオロチと九頭竜は違うのか?

神話や伝承には、ヤマタノオロチに似た怪物がいます。

九頭竜がその一つです。9つの頭を持つその姿はヤマタノオロチそっくりですね。

九頭竜については、日本各地に様々な伝承が残っています。
ヤマタノオロチは出雲の国で、スサノオノミコトに退治されたことは、先に述べた通りです。

九頭竜については、
  • 長野県の戸隠
  • 福井県の九頭竜川
  • 千葉県鹿野山麓
での伝承などがあります。

 

戸隠の九頭竜神社

まず、長野県の戸隠では戸隠神社の奥に九頭竜神社があります。この地に、9つの頭があり竜の尾を持つ鬼がいて、村を襲っていました。困った村人は、この鬼を成敗してくれるように、修行僧に頼んだのです。

修行僧はこの鬼と戦い、見事に成敗しました。鬼は岩戸の中に閉じ込められて、やがて改心し神となりました。

水の神様であることから、雨と水を司るそうです。この辺りからも、竜イコール川という図式が成り立ちそうですね。

 

福井県の九頭竜川

福井県の九頭竜川は、まさに川そのものに名前が付いています。九頭竜川の源である白山は信仰の対象となっており、白山権現が村人の前に現れて、その尊像(白山権現の姿をうつした像のこと)を川に浮かべました。

すると、九頭竜が現れて尊像を守りながら川を下って、黒龍大明神のもとにたどり着いたのです。これが九頭竜川の名前の由来、と言われています。見方によっては、洪水を鎮める儀式とも受け取れます。

 

千葉県の九頭竜伝承

千葉県の九頭竜伝承は、鹿野山麓の鬼泪山に9つの頭を持つ大蛇が、住みついたことから始まります。

九頭竜に襲われて困った村人は、ヤマトタケルノミコトに退治を頼みます。ヤマトタケルノミコトは草薙剣(天叢雲剣のこと)を使い、9つの頭を切り落として見事、九頭竜を退治したのです。

そして退治した竜の魂を供養するために、神野寺仁王門に九頭竜権現を祀るようになりました。

天叢雲剣を使うあたりは、ヤマタノオロチ神話との関連もありそうですね。
他にも様々な伝承がありますが、代表的な3つを挙げてみました。

 

ヤマタノオロチは策略によって退治された

先程述べたように、ヤマタノオロチは酒を飲んで眠ったところを襲われて、切り刻まれ退治されましたが、もう少し詳しく述べてみましょう。

スサノオノミコトは、クシナダヒメが狙われていることを知り、彼女の身を守ることから始めます。クシナダヒメを三日月形の櫛に変えて、自分の髪に挿したのです。これでクシナダヒメを、いつでも守ることができるようになりました。

スサノオノミコトは、クシナダヒメの両親に防御の準備をさせます。家の周りを垣根で囲い、8つの門を作らせました。
門には桟敷があって、そこに、とても強い酒を置かせました。その酒は醸造しては絞るという作業を、8回も行った濃いお酒です。

やがて、ヤマタノオロチが現れると、その酒の芳香につられて、8つの門に頭を一つずつ入れて酒を飲みました。とても強い酒なので、飲み干すころにはすっかりヤマタノオロチは酔っぱらい、眠ってしまったのです。

その時を逃さず、スサノオノミコトはヤマタノオロチの体を、切り刻んで退治しました。

 

1つ疑問があります。

なぜスサノオノミコトは正々堂々と勝負せず、だまし討ちをしたのでしょうか?

「そうしないと勝てないほど、ヤマタノオロチは強かったのか?」
「神がだまし討ちなんて卑怯じゃないか」

そう思われるかもしれません。

しかし、困っている民を助けるという善行であること、退治したときに出てきた天叢雲剣を天照大御神に献上していることから、「大御神からのお墨付きを頂いた」と考えることもできるでしょう。

良い戦ならば、より成功しやすい方法をとってやりなさい、ということかもしれませんね。

 

ヤマタノオロチが飲んだ酒とは

ヤマタノオロチが飲んだ酒は、古事記では「八塩折之酒(ヤシオリノサケ)」と書かれています。

これは8度醸造した酒であるという説が有力です。

古事記を研究していた本居宣長は、「醸造するときに、水ではなく酒を使い、それを8度繰り返した」と述べています。

ただし、酒造りの専門家から聞いた話では、それを行ってもアルコール度数は高くならないということでした。醸造に酒を用いると、乳酸菌が育ちにくく雑菌が増えてしまう、そのため糖分をアルコールに変える酒精発酵は、起きにくくなるというのです。

しかも、8度も醸造を行うと、かなり時間がかかります。ヤマタノオロチが襲ってくる時に、間に合いません。

諸説あるのですが、この酒は速醸法で作られた酒であり、8という数字は「8日間」という醸造期間を表しているという説、8は回数ではなく「丁寧に」という意味合いで使われたという説がありますが、実際はどうだったのでしょうか?

 

ヤマタノオロチの尾から出てきた剣は三種の神器となる

ヤマタノオロチを切り刻んだときに、尾を切ったら十拳剣が刃こぼれしたことは、先に述べました。

そこから出てきたのが天叢雲剣です。草薙剣とも呼ばれています。

この剣は三種の神器の1つであり、非常に尊いものです。剣は武力の象徴ともされており、神の力を示しているともいえるでしょう。

ヤマタノオロチの正体についていくつか述べた中に、出雲の国がヤマタノオロチであったとする説がありました。

天叢雲剣が天照大御神に献上されたということは、出雲の国が大和朝廷に臣従する意味があるとも言えます。

それとともにもう一つ、出雲の国の製鉄技術が高度だったことを、意味するのかもしれません。

出雲の国ではたたら製鉄の技術があり、出雲の国で産出される砂鉄が良質な鋼となって、見事な剣ができたのかもしれません。

十拳剣が刃こぼれしたのは、天叢雲剣が鋼でできていたからと予想できます。とにかく、出雲の国の武器が優秀であり、ヤマタノオロチを酒に酔わせて討伐したのも、武器で敵わなかったからかもしれません。

ちなみに、天叢雲剣は草薙剣としてヤマトタケルノミコトにも使われ、壇ノ浦の戦いで安徳天皇が入水自害したときに、一緒に水没したと言われています。後に、伊勢神宮より草薙剣を献上されるまでは、三種の神器の1つが失われた状態だったのです。

今まで「天叢雲剣と草薙剣は同一のもの」として話してきましたが、この二振りの剣は、別の剣だったとする説もあります。

まず、剣の形状が違うというところ。天叢雲剣は曲刀だったと記述されています。一方、草薙剣はまっすぐな直刀です。そもそもの形状が違います。

また、天叢雲剣が草薙剣と呼ばれている点も、曖昧さがあるようです。

さらに草薙剣の出自である、草を薙いで火を消した古事記の記述と、天叢雲剣が重なるとは考えにくいのです。

さらに、九頭竜を倒すときにヤマトタケルノミコトが、神器である天叢雲剣を使ったというのも不自然であることが、この説の根拠となっています。

ただし、一般的には天叢雲剣と草薙剣は同一であるという説が有力です。

橋本ユリ
神話の中の剣そのものにも、様々な含みがあるのは面白いことですね。


 

まとめ

ヤマタノオロチ神話について、最後にまとめてみました。
  • ヤマタノオロチは、出雲の国の鳥髪に現れ暴れていたが、酒を飲んでしまいスサノオノミコトに退治された。
  • ヤマタノオロチの正体は、川の氾濫・盗賊の襲来・出雲の国そのものと諸説ある。実在したと考えるならば、斐伊川・出雲の国そのものと考えられる。
  • 九頭竜は全国各地にある伝承で、ヤマタノオロチの神話とは別の話である。
  • ヤマタノオロチが飲んだ酒は「八塩折之酒(ヤシオリノサケ)」という強いお酒
  • ヤマタノオロチを策略で倒したことも、天照大御神はお認めになった。
  • ヤマタノオロチを倒した剣は十拳剣だが、尾から天叢雲剣がでてきて、天照大御神に献上された。そして神器の1つとなった。
  • 天叢雲剣と草薙剣は同一のものとして語られてきたが、別の剣であるという説もある。
ヤマタノオロチ神話の中に、これだけの歴史的な要素が隠されています。

橋本ユリ
神話というと、難しく感じられるかもしれませんが、謎解きのような感覚で読んでいけば、馴染みやすいかもしれませんね。

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