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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

【天地開闢】世界の始まり【日本神話】

2019年12月20日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

この世の全ての物事には始まりがあります。

橋本ユリ
天地開闢も物事の始まりのうちの一つです。ではなんの始まりなのでしょうか?


この記事では天地開闢について迫ってみます。

それでは参りましょう!

天地開闢とは(英語でいうと?)

日本に伝わる『古事記』『日本書紀』によれば、神々がいる天界も、私たちが暮らしている地上界も、神によって作られたとされています。それが天地開闢という言葉の指す意味です。

天(界と)地(上界を)開闢(開く!そして闢(ひら)く!)で、天地開闢となります。
英語でいうと『creation of heaven and earth』、直訳すると『天と地の創造』。神々しいですね!

天地開闢、というとこの難しい漢字も、かなり神々しい感じがしますね。

 

ちなみにこの言葉は、元は中国の神話からきているものです。

日本初の正史である『日本書紀』は、実は中国を模倣として、中国王朝の歴史を意識して書かれています。なので、「天地開闢」という言葉が使われているのは日本書紀の方です。

古事記は日本書紀の出来る前に書かれた日本最古の国史なので、『天地開闢』という単語自体は登場しません。
しかし、天地開闢と同じような概念は登場します。それは『天地初発』です。こちらの方が意味が通じやすいですね。

ということで、古事記、日本書紀になぞらえて、天地開闢、そして日本誕生までの神話を解説していきます。

 

神話

遠い遠い昔、天とか地とかそういう概念すらなかった遥かな昔のことです。
存在する空間は、深い霧のようなもやもやうようよしたようなものに包まれていて、
それが渦を巻いたり漂ったりしながらゆるゆると時間がすぎていたそうです。

ところでこの霧のようなものの中には、軽く澄んでいるものと、どんより重いものがございました。
それがいつの間にか、澄んだものは上の方に登っていって『天』となり、重くにごっているものは下の方に沈んで『地(下界)』になりました。

ーそう、これが天地開闢…!ー

といっても、この時点ではまだ上の世界と地の世界というものの土台が出来ただけなので、これからこの地、つまり我々の住んでいる下界、そして日本が出来るまでのお話も書いていきます。

 

続き

そんな風に出来た空間の、天の奥深いところ。つまり高天原(たかあまのはら)に、1人の神様が出現しました。これは宇宙を司る神様で、『アメノミナカヌシ(天之御中主神)』といいます。

ちなみに、このアメノミナカヌシが成し遂げたことってなんだろう…?という事については、古事記にも日本書紀にも記されていません。日本書紀の正伝に至っては記述すらありません。ですが、一般的に、この世に現れた一番最初の神、そして最高神といわれています。

このアメノミナカヌシに続いて現れたのが、宇宙にある、ものを生み出す力を司るという2柱の神様です。
『タカミムスビ(高御産巣日神)』『カミムスビ(神産巣日神)』という名前です。

アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビの三柱は、天界から下界を眺めていましたが、やがて、いつのまにか姿を消してしまいました。
その時の下界は、くらげのような脆い姿で、浮かんだり消えたりを繰り返していました。

今度は、そのふわふわ漂っているものの中から、二柱の神様が出現しました。
「ウマシアシカビヒコヂノカミ(宇摩志阿欺訶備比古遅神)」「アメノトコタチノカミ(天之常立神)」です。
ウマシアシカビヒコヂノカミは、最初の生命の誕生を表しているとも言われています。
この二柱は下界に現れましたが、これもまたいつのまにか姿を隠してしましました。
この、天と地の初めに現れて消えていった五柱の神様のことを、神々の中でも特別に『別天つ神(ことあまつかみ)』と呼びます。この神々は、『独り神』といって、性別がなく男性でも女性でもありません。

この別天つ神の出現の後、『クニノトコタチノカミ(国之常立神)』『トヨクモノノカミ(豊雲野神)』という独り神が生まれてまた姿を隠しました。

ここまで性別のなかった神々でしたが、この二柱のあとからようやく、性別を持った神様である『双び神』が次々と生まれてきます。最初は泥みたいな神様だったのですが、新しい神が生まれるたび、その姿は人間に近づいていきました。

初めの双び神は、男性は『宇比地邇神(ウヒヂニノカミ)』女性は『須比地邇神(スヒヂニノカミ』といって、泥や土を神格化した神様と言われています。

二番目の双び神は、男性の『ツノグヒノカミ(角杙神)』女性の『イクグヒノカミ(活杙神)』で、成長力の神格化だといわれます。

三番目は男性である『オホトノヂノカミ(意富斗能地神)』と女性である『オホトノべノカミ(大斗弁神)』で、それぞれの生殖器を神格化した神様です。ちなみに、2人の名前についている『ト』が生殖器を表すのだとか。

四番目に生まれたのは、男性は『オモダルノカミ(於母陀流神)』、女性は『アヤカシコキノカミ(阿夜訶志古泥神)』といいました。オモダル、というのは、容貌を称える言葉です。この2人は、愛の誘いを神格化したロマンな感じの神様ペアなのです。

 

そして

ついに五組目、この時の最後に生まれた神様です。
それは、かの有名な男性の神様『イザナキノカミ(伊邪那岐神)』、そして女性の神様『イザナミノカミ(伊邪那美神)』です。
この二柱は、姿を現した時にはしっかりと人間の形になっていました。めでたし!

この、二柱と五組の神々のことを、『神世七代(かみよななよ)』と呼びます。
これぞまさに神7。元祖神7はここにありました。

 

イザナギ、イザナミによってまず最初の島ができる

こうして生まれた人間の姿形の双び神、イザナキ(イザナギ)とイザナミ。
高天原の神々は、イザナキとイザナミに、「今下界がふわふわ漂ってるから、君たちは力を合わせてあれ固めてちょうだい。美しくて豊かな国を作ってね」と命じました。
その際に、玉飾りがついている、アメノヌボコ(天沼矛)という一本のホコも渡しました。

命を受けたイザナギとイザナミは、二柱で天空に浮かんでいる、天と地にかかる橋、『天の浮橋(あめのうきはし)』に立ちました。
ちなみに、この天の浮橋が地上に落ちたものが、京都にある天の橋立(百人一首や義経と弁慶など、とても有名な橋)だと伝えられています。

その天の浮橋から下界を見おろすと、海とも地ともいえないうようよしたものが流れています。
イザナギは、高天原の神々から授かったアメノヌボコを、その下界の海水へと下ろしました。そこにイザナミが手を添えて、二柱は力をあわせ、アメノヌボコで下界をかき混ぜました。


▲アメノヌボコを下界に下ろすイザナキ

矛をさっと引き上げますと、矛の先から潮のしずくがぽたぽたと滴り落ちまして、見る間に積もり固まって一つの島となりました。これが初めて出来た島で、名前をオノゴロ島といいます。

 

結婚して国を産み出す

さて、イザナキとイザナミは早速そのオノゴロ島に下り、降り立ちました。
そこにまず、太くてどっしりした柱、『天の御柱(あめのみはしら)』を立てて、その柱を中心にして広い御殿である『八尋殿(やひろどの)』を建てまして、夫婦となってそこで暮らそうと決めました。

夫婦となるならば当然、婚礼の式を挙げたいところです。
夫婦の契りの儀式として、二柱はどっしりした天の御柱の根元に立ちました。
そして男神であるイザナキは柱の左から、女神であるイザナミは柱の右から柱を回ることにしました。
そして、巡り合ったところで、声を掛けることにしたのです。

まず最初に、右から来た女神イザナミが「ああ、なんて雄々しい男性でしょう」と声かけました。
左からきた男神のイザナキも、それに応え「なんてうるわしい女性だろうか」と言いまして、結婚の契りを交わしました。
そして子作りをしたわけですが、最初に生まれたのは蛭(ヒル)のような形のない子供(ヒルコ)でしたので、葦(人間は考える葦である、で有名な草)で作った船にその子を流しました。

再度同じ方法で契りを結んで交わった二柱ですが、次に生まれたのも、とても島とは言い難い淡い島でした。これを淡島と言います。

何故うまくいかないのかと悩んだ二柱は、高天原の神々に会いに天に上っていき、そこのこと嘆き相談をしました。
すると神々は、「それは契りの儀式の時に、女のイザナミから声を掛けているからだよ。今度はイザナキから声をかけてやり直してみなさい」とアドバイスをしました。

そこで、二柱の神はもういちどオノゴロ島に降り立ちまして、儀式をやり直すことにしました。
男神のイザナキは左から、女神のイザナミは右から、これは先ほどと同じです。
ただし、今度は、巡り合ったところで男神が先に「ああ、うるわしい女神よ」
と声を掛けました。
これに女神のイザナミが、「雄々しくて美しい男神よ」と応えます。

そうすると、立派な島々が次々と生まれました。まずは淡路、伊予の二名。これが今の四国です。
隠岐(今の島根県隠岐諸島)の三つ子の島と、筑紫の島(今の九州)、壱岐、津島、佐渡の島たち、そして、オオヤマトヨアキツの島と呼ばれるとても大きな島(これは今の本州)も生まれました。
この八つの島をまず生んだことから、日本の国のことを「大八島(おおやしま)」と呼ぶようになったそうです。

そのあとには、小豆島、吉備(今の岡山県と広島県東部)の児島、大島、女島などの小さな島々を生みました。これを国生み、と呼びます。

 

そして神々を生む

国生みを終えたイザナキとイザナミは、こんどは神々を生みました。
古事記には『三十五柱の神々を生んだ』と記されているのですが、実際に産んだのは十七柱です。

まずは七柱。石の神、土の神、門の神、屋根の神、棟の神、風に耐える力、などの、住居に関わる神々を生み出しました。

次に三柱。オホワタツミたちの海、河といった、水に関わる三柱の神様が生まれました。

つづいて、風の神、木の神、山の神、そして野の神の四柱の神様が生まれました。

ちなみに、イザナキとイザナミが産んだ神々の中には、この二柱の神生みを助けてくれた子もいました。自分の分野に関わる神々を担当して生んでくれたのです。
たとえばハヤアキツヒコとハヤアキツヒメという河の二柱の神様は、泡、凪、波、水面といった、水に関する神を八柱産んでいます。
山の神と野の神も、山頂、霧、狭谷、迷い路といった、男女八神を生みました。つまりこのへんはイザナキとイザナミの孫ということになります。

さて、話はイザナキとイザナミへと戻ります。
いよいよ最後に三柱。生活や生産に関する神々です。アメノトリフネノカミという船の神、食べ物、穀物の神、までは順調に生まれました。

そして火の神カグツチを生むのですが、ここで問題が発生します。なんと生んだのが火の神様なので、イザナミ自身がひどい火傷を負ってしまうのです。
イザナミは大火傷に苦しみ嘔吐や糞尿を垂れ流してしまいます。その吐瀉物や糞尿からは鉱山の神が生まれ、ほかにも土、水、粘土、田の水の神、実りの神といった六柱の神が生まれました。

しかしこの六柱を産んだあと、イザナミはこの火傷のために命を落とし、世を去ってしまいました。

イザナキは大いに悲しみ、大粒の涙をボロッボロ流します。その涙からは、泉の女神であるナキサハメが生まれ、なみだの女神が父であるイザナキと共に泣き悲しみました。その涙は川となって海へと流れていき、川の神が生まれました。

妻であり妹でもあるイザナミの死去を嘆き悲しむイザナギは、彼女の亡骸を、出雲国(今の島根県東部)と伯耆(ほうき。今の鳥取県中西部)にある、比婆の山に葬りました。

それでも、イザナキの悲しみは収まらず心は癒えません。

元はと言えば、火の神カグツチのせいで奥さんが死んでしまったんだ。たった一人の子供のために、愛しい奥さんが死んでしまった。

イザナキの頭の中にこんな考えが浮かびました。
十拳剣(とつかのつるぎ)という、古代では一般的に使われていた、拳十個分の長さの剣を引き抜いて、あろうことか、カグツチの首をバシッと斬り捨て、はね殺してしまったのです。

 

そんなばかな…気の毒すぎる

まさかの展開で、生まれてから大して時間も経たないうちに実の父に殺害されてしまった火の神、カグツチ。
首をはねているので当然、血潮が岩に飛び散り、イザナキが柄の部分を握っている指の間からもカグツチの血が滴り落ちていました。また、天地はおどろおどろと揺れました。

ところが、その剣の力を受けて、血からタケミカヅチなどの八柱の神々が生まれました。カグツチの亡骸からは、さらに八柱の山の神様が生まれました。
また、滴る血が落ちるところは岩を裂き、木の根を割いて、雷神が生まれ出ました。

カグツチは破壊をする力もありながら、何かを生み出すという力も備えていたわけです。
これは『火』そのものの性質を表しているといえます。

以上が、天地開闢に関する神話です。
このあと、亡くなったイザナミがどうしても忘れられずに黄泉の国へ会いに行ってしまうイザナキのお話など興味深い神話が続きますので、興味のある方は是非神話を読んでみてください。

 

天地開闢にまつわる神々

天地開闢に直接関係のある神様は、やはり最初に姿を現したアメノミナカヌシ、そしてタカミムスビノカミ、カムムスビノカミに加え、ウマシアシカビヒコヂノカミ、アメノトコタチノカミの別天つ神が挙げられます。

そして、クニノトコタチノカミ、トヨクモノノカミ、ウヒデニノカミ、スヒデニノカミ、ツノグヒノカミ、イクグヒノカミ、オホトノヂノカミ、オホトノベノカミ、オモダルノカミ、アヤカシコキノカミ、そしてイザナキノカミ、イザナミノカミの神世七代です。

イザナキ、イザナミが産んだ国、島、神も大変重要です。そしてやはり強烈なインパクトを残したのは火の神、カグツチでしょう。

この辺りが天地開闢にまつわる神々と言えるでしょう。

 

天地開闢にまつわる神社

天地開闢にまつわる神を祀っている神社を挙げていきます。
  • 筑波山神社
  • 彌久賀神社(天之御中主大神)
  • 國領神社(神産巣日神)
  • 伊弉諾神宮(イザナキノカミ)
など

 

まとめ

私たちが普段生活している日本という地や、そもそも地、地上、そして天も、古事記や日本書紀によれば、初めから当たり前に存在していたもの、というわけではありませんでした。

神々が生まれること、いなくなること、隠れること、失敗などをたくさん繰り返し、ようやく天と地が開けたのです。
つまり、天地開闢がなければ今の私たちどころか、生命も日本もありゃしなかったということになります。

橋本ユリ
天地開闢があったからこそ生まれた土地、神々に感謝しながら、生きていることや存在することが当たり前だと思わずに生きていきたいものですね。

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