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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
神社に関する知識をわかりやすく解説します。

論語に学ぶ神様とつながる方法

2021年8月11日

こんにちは、羽賀ヒカルです。

今回は「論語に学ぶ神様とつながる方法」というテーマでお伝えさせていただきます。

羽賀ヒカル
ゆりちゃん、「論語」に神様と繋がる方法、神道の真髄と言える言葉があるんだよ。


橋本ユリ
論語って、孔子様の言葉ですよね。

中国の人なのに神道の真髄?

神様とつながるための詩とは




論語に、非常に有名な一説があります。

今回だけでその人生や神道の神髄全てをお伝えできるわけではありませんが、この一説の意味合いを通して、神様とつながる方法、ポイントについて解説していきます。

その一説は、「子曰(しのたまわく)、興於詩(しにおこり)、立於礼(れいにたち)、成於楽(がくになる)」

これをそのまま解釈すると「最初は言葉が大事であり、次に礼節が大事であり、最終的に音楽となる」となるのですが、実はとても深い言葉なのです。

この一説にある「言葉・礼節・音楽」の順番を現代社会に当てはめた場合、「音楽を聞いて、言葉を学び、最終的に礼儀礼節を身につけるのが大事」という順になります。

実は、論語では「最初に言葉があり、次に礼節、最後に音楽」という、この順番が重要になります。

「興於詩(しにおこり)」という部分については、言葉そのままに「言葉を覚えましょう」という意味に解釈されることがあります。

しかし、神道的観点から解釈すると「言葉は人とコミュニケーションを取るためのツールではなく、神と繋がるためのツールである」と捉えることができます。

今から2500年前の孔子の時代は、漢字は無く象形文字でした。

そもそも、言葉を使うのは特別な人達であり、当時の言葉や文字は、特別な力を持つものと信じられていました。

このような背景から、言葉は神様と繋がるためのツールであったというわけです。

神社参拝でお祈りする際は「綺麗な言葉・美しい言葉・真理にかなった言葉」が重要で、それが詩となります。

詩という漢字を分解してみると、言葉の「言」と「寺」という文字が使われています。

「寺」は神様が降りる場所であり、「詩」は神様が降りる場所で放たれる言葉という意味になります。

このことから、神社参拝する際は、詩を奏でるように祈るということが大切です。

私もYouTubeの動画撮影や講演の際などは、なるべく詩を奏でるように美しい言葉を使い、メロディーに乗ってリズムよく伝えるということを意識しています。

詩は人の心・潜在意識・無意識に入り、神様とつながります。

インターネットなどの情報空間上では、美しい言葉・良い言葉は溢れているでしょうか?

yahooの掲示板やtwitterにはネガティブなコメントが溢れかえっていて、明らかに言葉が乱れています。

こんな時代だからこそ、美しい言葉や良い言葉を使うことが大事なのです。

それが「興於詩(しにおこる)」ということです。

礼節には神が宿る


「立於礼(れいにたつ)」について解説します。

私は、人に会う際や、動画配信の際は、なるべく見た目を綺麗にするようにしています。

そして、神社参拝の際はスーツをお勧めしていますが、これは「礼儀、礼節に神宿る」ということに繋がっているからです。

神社参拝の際は様々なお作法があります。

  • お手水をする

  • 参道の真ん中を歩いてはいけない

  • (本殿に着いたら)二礼二拍手

  • 鈴を鳴らす

  • お賽銭を捧げる


など、様々な礼がありますが、これらの作法を守らないとどうなるでしょうか?

  • 神社の参道の真ん中を歩く

  • 服装の身だしなみが整っていない

  • お賽銭はしない

  • 欲望のままに祈る

  • 言葉は無茶苦茶


この場合、どちらが神様と繋がり、祈りが通じるかは明白で、「礼に立たないと神様は降りない」ということです。

音楽に秘められた力


最終的に神様を降ろすために重要になってくるのが、音楽の「楽」です。

今でこそ街中やインターネット上には音楽が溢れかえっていますが、論語が書かれた当時は、音楽に対する捉え方が現代とは全く違っていました。

音楽とは神様と繋がるためのものであり「音楽には、天地自然や国を動かすような力がある」と信じられていたのです。

このことから、宮中や王室、朝廷の祭事では、必ず音楽が奏でられていましたし、今もなお神社そして朝廷、皇室でも継承されています。

2500年前の中国でも、同じように「音楽には国を動かす力がある」と信じられていたのです。

音楽と孔子のエピソードを紹介します。

当時の孔子には、琴の師匠がいて、琴を習っていたそうですが、孔子はなぜかある曲で躓きました。

それは、「この曲の要領を得ず、理解できない」という理由でした。

しかし、琴の師匠は先へ進めたかった為、「その曲は、もうだいたい出来ているから次に進もう」と言いました。

それに対して孔子は、「いや、この曲のことが分かるまで、自分は先に進めません。」と答えます。

何度も何度もその曲を弾いては「何かが違う」とずっとやり直しています。

孔子は、このように何度もやり直して行くうちに、はたと悟ります。

それは、作曲者の気持ちが分かり、伝わった瞬間でした。

孔子が作曲者の気持ちとシンクロした瞬間が訪れた時、琴の師匠に言いました。

「この曲の作曲者は、周王朝を作った文王ではないですか?」

琴の師匠は驚き、「お前は何でわかったのだ?確かにこの曲は文王が作ったとされている」と答えた、と伝えられています。

当時の中国では、文王は神格化された人物だったのですが、文王が作曲した曲を何度も繰り返して弾いていくうちに、その心と音楽で繋がったという話です。

神社参拝で神様と繋がるためには、孔子と同じように「楽(音楽)」が重要なのです。

論語を日常で実践する方法


論語の一説にある「興於詩(しにおこり)、立於礼(れいにたち)、成於楽(がくになる)」を日常で実践していくための具体的な方法を紹介します。

①興於詩(しにおこる)
神様と繋がるためには、美しい言葉が重要です。

良い言葉を学び、良い言葉を普段から聞くようにしましょう。

②立於礼(れいにたち)
ネガティブな言葉はなるべく見ない、聞かないようにしましょう。

そして、神社参拝した際は、礼儀・礼節・作法を守るようにしてください。

③(上記二つを守った上で)成於楽(がくになる)
最終的に神様と繋がる「楽」が訪れます。

楽が訪れるとは、神様と繋がる楽しみであり、自分の放つ言葉が音楽のようになり、もしくは自分の人生が美しい音楽のようになることです。

最終的に音楽で神様と繋がるには音が重要になります。

音楽を通じて神様とつながる




私の師匠である北極老人からも「良い音を聞きなさい」と言われていて、師匠の書斎には世界でも有数のオーディオが置かれています。

そのオーディオで音楽を聴くだけで、一気に繋がって今まで解らなかったことを悟ったり、悩みが晴れたりと、そんな瞬間が訪れます。

波動が高い音楽、良い音というのは、そういった現象が起こる音のことを言います。

私も2021年に入ってから雅楽を学んでいますが、雅楽も神様と繋がるための音楽です。

日本人は古来から、波動が高い良い音楽は、神様と繋がることができる重要な要素であるということを分かっていたのです。

このことから、お祭りの際には必ず音楽を奏上したのです。

雅楽のような古来からの音楽は、どうしても硬く見えたり、馴染みにくく感じてしまう方も多いです。

しかし、何度も繰り返して聞いていくうちに、非常に味わい深くなり、「音楽は本当に神様と繋がるためのものだったんだ」ということを体感的に感じることがあります。

このような私の体感からも、神様と繋がる感覚を感じるには、良い言葉や音を聞くことをお勧めします。

橋本ユリ
えっーと、まとめると、美しい良い言葉を聞いたり使ったりし、礼儀を守り、音楽のような人生を作りながら、神様と繋がることを楽しむ。

すごく深いです・・・。

でも実践していきたいです!


羽賀ヒカル
この言葉にはもっと深い意味もあります。

それについては、別に「ゆにわ塾」などでお伝えしますから、チェックしてみて下さいね。


今回は「神様と繋がる方法」について、論語の一節をなぞらえながらお伝えさせていただきました。

あなたの開運をお祈りしております。

羽賀ヒカルでした。


こちらの神社チャンネルのYouTube動画バージョンも是非ご覧ください↓


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