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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

神武天皇は実在した?宮崎と奈良を繋ぐ謎多き初代天皇

2019年10月8日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

神武天皇は初代天皇であり、ご存じの方も多いでしょう。
しかし、その生涯には諸説あり、実在していたかも含め多くの謎があります。

現在でも、著名人や国会議員などが「神武天皇はいらっしゃった」と言うほど、論争になっています。
神武天皇の系譜をたどり、神々との関係性をお伝えできれば、謎にせまることができるでしょう。

橋本ユリ
また神武天皇の神話は、日本建国にも関わる日本人なら知っておきたいエピソードなので、ぜひ読んでみてください。面白いストーリーですよ!


それでは参りましょう!

神武天皇の謎にせまる


神武天皇は初代天皇です。名前はカンヤマトイワレヒコノミコト(神倭伊波礼毘古命)別名もたくさんあります。

日本書紀や古事記など、文献によって様々です。また、神武天皇の年齢も、文献によって違います。これは神武天皇が、神話のなかで行った偉業が多く、年数にズレが生じてしまったせいかもしれません。

神武天皇の在位期間は紀元前660年から紀元前585年と言われています。このあたりも、後程述べていきたいと思います。
まずは、「神武天皇は実在したのか」から始めてみましょう。

 

神武天皇は実在したのか?


まず、国会議員である三原じゅん子議員、稲田朋美議員が、神武天皇は実在するニュアンスの発言を、過去しています。

歴史学の観点からすると、神武天皇は神話の中の人物、とされています。
紀元前の話ですから、実在する証拠を見つけることは非常に難しいと思います。しかし、実在しないと言い切るのも、無理がある気がします。様々な文献に登場し、祀られている神社も多くあることから、「何らかの形で存在していたのではないか?」と考えるのが、妥当かもしれません。

日向の国で生まれて、そこから橿原(奈良県)の国を討伐し日本を初めて建国した、とされています。
そのことから、日向の国の豪族、あるいは武将の多くの象徴として、神武天皇と表されたと論じている方もいます。

実在すると唱えているのが皇學館大学名誉教授、岡田登氏です。岡田氏は歴史学者、考古学者であり、日本の古代史の権威でもあります。考古学の立場から、神武天皇の東征ルート上に、集落が多く存在していること、日本書紀や古事記は、文字のない時代から古代の人々が、口伝えで繋いできた話の集大成であり、全く根拠のないものとは言い切れない、と論じています。

もちろん、伝わる中で大げさになってしまう、時間的な矛盾が生じてしまうことは、あるでしょう。しかし、日本書紀や古事記を、すべて根拠のないものとしてしまったら、日本の古代史は不明となりますよね。

橋本ユリ
「本当に実在したのか?」という論議に決着はつきませんが、神武天皇の陵墓も存在しますし、日本の象徴である天皇の、初代天皇でもあります。神武天皇の勇ましい神話とともに、日本の心の拠りどころとして、大切にしたいものです。


 

系図




家系図をご覧ください。

神武天皇は天照大御神の子孫ということになります。天津神の子孫とは、とても高貴な家系ですよね。ストレートに言うならば神々の子孫となります。

アマテラスオオミカミは天津神の筆頭でもあり、太陽神と言われています。天岩戸神話で、洞穴の中に隠れてしまうことでも有名です。
タカミムスビノカミは高木神(タカギノカミ)とも呼ばれ、天孫降臨神話にも登場する神です。男神と言われており、木をシンボルとする神ではないかと言われています。

アマテラスオオミカミの息子のアメノホシホミミ、タカミムスビノカミの娘アキツシヒメが結ばれ、ニニギノミコトが産まれます。
アメノホシホミミは直接アマテラスオオミカミが産んだという訳ではありません。アマテラスオオミカミの勾玉をスサノオが賜って、それで産まれたのがアメノホシホミミである、と伝わっています。

ニニギノミコトは地上を統治するために、アマテラスオオミカミに命じられ、高天原から地上に舞い降りた神様です。

 

少しわき道にそれますが、天孫降臨の神話をご紹介します。

高天原から地上をご覧になっていた天照大御神と高木神は、中つ国が統治され喜びました。
「天忍穂耳命よ、お前が地上に行って中つ国を治めるのです。」天照大神と高木神は言いました。
天忍穂耳命は「私に息子が産まれたので、その息子瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を地上に遣わしましょう」と答えたのです。天照大御神はそれがよろしいと思い、瓊瓊杵尊を地上に行かせました。

瓊瓊杵尊が高天原から地上へ降りていこうとする途中、道をふさいでいる神が居ました。
瓊瓊杵尊は天鈿女命(アメウズメノミコト)に「天照大御神の子が地上に降りようとしているのに、道をふさいでいるとは何事か!」と伝えるよう言いました。

天鈿女命がその神に言づけると、その神は言いました。
「私は猿田彦(サルタノヒコ)と申します。天照大御神の遣いがいらっしゃると知り、お供したく参りました。」
瓊瓊杵尊は、天鈿女命や猿田彦たちとともに、中つ国を治めたのです。

神武天皇の家系をたどると、天孫降臨の神話に行きつくのですね。

 

話をもとに戻します。

ニニギノミコトはコノハサクヤヒメと結ばれ、ホヲリノミコトを生みます。
ホヲリノミコトはヤマサチヒコとも呼ばれており、海の神の娘であるトヨタマヒメと夫婦となります。

その子がウガヤフキアヘズノミコトです。鵜戸神宮はウガヤフキアヘズノミコトが産まれた場所とも言われています。
ウガヤフキアヘズノミコトとタマヨリヒメの子供が神武天皇です。

天孫降臨の神話を交えながら家系図を見ると、日本の古代史の理解が深まりますね。

 

神武天皇の誕生日と年齢


庚午(かのえうま)年1月1日生まれと文献には記載されています。西暦では紀元前711年です。
崩御されたのが神武76年3月11日。紀元前585年です。そうすると、年齢は127歳となりますね。

「そんなに長生きするはずがない」ということで、先ほどの実在論議になったりもしています。ちなみに、古事記では137歳で亡くなられた、とされています。

なにしろ、東征に出陣したのが45歳と言われており、在位期間が76年ですから、それくらいの年齢でなければ計算が合いません。(東征神話の年数と、在位期間を合わせると、年齢とのズレがあるとも言われています)
神武天皇の在位は神武元年1月1日、退位は崩御の日で神武76年3月11日です。

神武天皇が即位された日が、日本の始まりとされています。そこで和暦を西暦に換算したところ、紀元前660年2月11日となりました。
そこで2月11日を、建国記念の日として定めたのです。
建国記念の日の由来が神武天皇の即位の日だったとは、祝日に対する思い入れも増しますよね。

はるか2700年ほどまえに、日本という国が誕生したというのは、ロマンがあります。また、それだけ歴史のある由緒正しい国なのですね。

 

神武天皇の名前


神武天皇の名前はたくさんあります。諱(いみな)も含め様々な別名があるのですが、日本書紀、古事記の中で様々に表記されています。日本書紀・古事記それぞれの別名を列記してみました。

日本書紀



  • カムヤマトイワレビコノスメラミコト

  • ヒコホホデミ(これは諱です)

  • サヌノミコト(神武天皇の幼い頃の呼び名)

  • イワレビコホホデミノミコト

  • イワレビコノミコト

  • イワレビコノミカド


 

古事記



  • カンヤマトイワレヒコノミコト

  • ワカミケヌノミコト

  • トヨミケヌノミコト


橋本ユリ
たくさんありますね。


この中でも、特に『カンヤマトイワレヒコノミコト』に注目してみましょう。

漢字で表記すると『神倭伊波礼毘古命』となります。東征神話の中では、この名が使われています。「神の子である、大和の国を治めるミコト」とも解釈できるかもしれません。別名が多いのは、神武天皇の神話は、多くの人物から成り立っているから、口述のため表記にズレが生じた、などの説がありますが、国の礎を築いた天皇だからこそ、多くの名が付けられたのかもしれませんね。

 

神武天皇の神話


神武天皇の神話といえば、東征神話が有名です。
不屈の精神で、困難を乗り越えるこの神話の内容は秀逸です。解りやすく述べてみたいと思います。

 

カンヤマトイワレヒコノミコト 東征を提案する


カンヤマトイワレヒコノミコトが45歳になったとき、皆の意見を聞くために会議を開きました。
兄であるイツセノミコト、イナイノミコト、ミケイリノノミコトや部下たちが集まったとき、カンヤマトイワレヒコノミコトは言いました。

「昔、シオツチノヲジから聞いたことがある。東のほうに稲がたくさん実る豊かな国があるそうだ。その地をこの国の中心にして日本を統一しよう。」
カンヤマトイワレヒコノミコトがそう言うと、皆が賛成したので、早速東へ向けて出陣したのです。

船で大和の国に向かっていると、潮の流れがとても速い、速吸門という名の海峡に、差しかかりました。どうにもこうにも船が進まず困っていると、そこの国神に出会いました。国神はカンヤマトイワレヒコノミコトを助け、船を進めてくれたのです。

カンヤマトイワレヒコノミコトはお礼に、その国神に椎根津彦という名前を贈り、軍に加えることにしました。

 

苦難の道のり


カンヤマトイワレヒコノミコトの軍勢は難波にたどり着きました。

しかし、待ち構えていたその地の豪族、ナガスネヒコの兵に襲われたのです。カンヤマトイワレヒコノミコト達は必死に戦いましたが、イツセノミコトが矢に当たって重傷となり、亡くなってしまうのです。

カンヤマトイワレヒコノミコトは嘆き悲しみますが、イツセノミコトの意志を継いで、進軍していきました。また、イツセノミコトが亡くなったのは東を向いて戦ったからだと考え、海路で大和の国を目指すことにしました。

船が熊野の辺りに差しかかったときに、暴風雨に巻き込まれ、今にも船が沈みそうになります。
イナイノミコトとミケイリノノミコトは、何とか海を鎮めようとします。
「海の神様よ、私たちの願いを聞いてくれ。私たちの母は海にまつわる神なのです。私たち二人が海に入りますから船を進ませてください。」
そう言って兄達は、荒れ狂う海に飛び込みました。すると、たちまち海は穏やかになり、一行は熊野に上陸できたのです。

熊野の山中を行軍していると山神が現れて、毒気に当てられてしまい、バタバタとみんなが倒れてしまったのです。

高天原から地上を見ていた天照大御神は、熊野高倉下を使って布都御魂(ふつのみたま)という霊剣を、授けました。
その剣を振るうとたちまち皆の体は良くなり、再び行軍することができました。

とはいえ、山々の道はいくつも分かれていて、カンヤマトイワレヒコノミコト達は、道に迷ってしまうのです。
天照大御神は、再び彼らを助けるために八咫烏を遣わし、そのおかげで大和の国の入り口までたどり着きました。

ところが苦難はまだ続きます。宇陀の地に住む、エウカシとオトウカシという兄弟が、軍を率いて待っていたのです。
エウカシは一計を企みます。降参したフリをして、罠をしかけた寝殿にカンヤマトイワレヒコノミコト達を泊まらせて、殺そうとしたのです。

しかし、オトウカシはカンヤマトイワレヒコノミコトを敬うようになっていたので、こっそり兄の企みを、カンヤマトイワレヒコノミコトに報告します。
そこで、カンヤマトイワレヒコノミコトは部下を使って、エウカシを寝殿に放り入れて、エウカシは死にました。弟のオトウカシは、カンヤマトイワレヒコノミコトに従い、軍に加わったのです。

 

金色のトンビで決戦に勝利


いくつもの苦しい戦いを勝ち抜き、とうとうナガスネヒコとの決戦となりました。一進一退の攻防が続きますが、地の利と疲れていないナガスネヒコの軍が、だんだん優勢になってきました。
そのとき突然、天が暗くなり、真っ黒い雲がわき上がってきたのです。
その雲の隙間から、金色に輝く何かが飛んできました。

それが、カンヤマトイワレヒコノミコトの弓の先に止まったのです。その動物は、金色に輝くトンビ(鵄)だったのです。
ナガスネヒコの軍の目がくらんでいるときに、カンヤマトイワレヒコノミコト達は一斉に攻めかけ、見事、戦に勝つことができたのです。

その後に、その地に住みついていた土蜘蛛の怪物を討伐し、大和の国を平定しました。

 

日の本の国の始まり


こうして敵を打ち破ったカンヤマトイワレヒコノミコト達は、畝傍山のふもと、橿原(かしはら)に神殿を作り、神を祀ったのです。
カンヤマトイワレヒコノミコトは国が豊かになり、人々が安らかに暮らせるように、その地で天皇に即位し、神武天皇となったのです。

兄達を亡くし、数々の困難を乗り越えて国を統治した神武天皇。感動のドラマですね。

 

神武天皇を祀る神社


初代天皇である神武天皇を祀る神社は、たくさんあります。

まずは建国後に初めて建築した神社、橿原神宮です。奈良県の橿原市にあり、その北には神武天皇の御陵があります。正式な名称は畝傍山東北陵です。

他にも、神武天皇の生まれた地である日向の国に宮崎神宮狹野神社などがあります。

東征の軍議を行ったとされる高千穂の地でも高千穂神社があり、神武天皇の兄である
ミケイリノノミコトも祀られています。

  • 新潟県にある多々神社

  • 岐阜県にある水無神社


など、各地に神武天皇が祀られている神社があり、その数は200を超えている、と言われています。

 

まとめ


大和の国をまとめた最初の神であり、日本の礎を築かれた神武天皇。
初代天皇として何をなさったのか、知っておくことが、日本人のアイデンティティを学ぶことになると思います。

国を統治した、建国記念の日である2月11日を、また違った心もちで祝えるのではないでしょうか?

橋本ユリ
偉大な方だっただけに、様々な記述があり謎に包まれていることも、その神秘性を高めています。
これをお読み頂いて、神武天皇を知るきっかけとなると、大変うれしく思います。


これらの記事も合わせて読むと、開運の秘訣がわかります。

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