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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

【歴史に名を刻んだ陰陽師】安倍晴明の生涯や逸話に迫る

2019年11月5日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

安倍晴明(あべのせいめい)は平安時代を生きた陰陽師です。

921年に摂津国阿倍野(大阪市阿倍野区)で生を受け、陰陽師の賀茂忠行(かものただゆき)・賀茂保憲(かものやすのり)父子のもとで陰陽道を学んだといいます。

近年ではフィギュアスケート選手の羽生結弦さんが、安倍晴明をテーマにした「SEIMEI」というフリープログラムを演じたことで有名です。

橋本ユリ
陰陽師として後世に名を遺した安倍晴明の人生とは一体どのようなものだったのでしょうか?

その謎を紐解いていきます。


それでは参りましょう!

安倍晴明とは

921年(延喜21年)に安倍晴明はこの世に生を受けるのですが、出自については諸説あります。

・摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)
・常陸国猫島(現・茨城県筑西市猫島)
・讃岐国香東郡井原庄(現・香川県高松市)

この中で最も有力なのは、摂津国阿倍野出身説です。「葛の葉(くずのは)伝説」という伝承によれば、安倍晴明の父・安倍保名(あべのやすな)は摂津国阿倍野に住んでおり、そこで出会った女に化けた狐との間にできた子供が安倍晴明だと伝えられているためです。

その後、安倍晴明は陰陽道の修業を続けるのですが、歴史書に名前が登場し始めたのは40歳を過ぎた頃でした。そのため、彼が40歳までの間をどのように過ごしていたかというのは謎の部分が多いのです。

960年(天徳4年)、安倍晴明は「天文得業生(てんもんとくごうしょう)」という名の役職に就き、天文博士・賀茂保憲の補佐をします。そして10年後の50歳ごろ、天文博士の地位に就きます。

天文博士というのは、天体を観測し異変を発見すれば天文書に基づいて吉凶を占い、その結果を天皇に密奏するという役目を果たす存在でした。天文とは言っていますが科学的な根拠があるものではなく、占星術の色合いが強い内容のものでした。

979年(天元2年)には、陰陽寮を束ねる陰陽頭よりも位階を上げ、花山天皇の命により那智山の天狗を封じる儀式を行いました。

その後も安倍晴明は貴族からの信頼を集め続けます。993年(正暦4年)、一条天皇が病に伏せった際に晴明はお祓いを行います。するとたちまち一条天皇の病が回復したため、晴明は正五位上に叙されました。

そして1004年(寛弘元年)の7月、大規模な干ばつが続いていたところに安倍晴明が雨乞いの五龍祭を行ったところ、恵みの雨が降り出しました。

このように様々な活躍をしてきた安倍晴明は、1005年の83歳~84歳の頃に死没します。死因については詳細を記す史料が残されていなかったため、明らかになっていません。

安倍晴明が生きた平安時代は、平均寿命が30歳~40歳と現代に比べて半分以上も短い時代でした。そのため80代まで生きた晴明はかなりの長寿であることが窺えます。

歴史書に名前が出始めたのが40歳を過ぎた頃でしたので遅咲きの出世だったのかもしれませんが、80歳を過ぎるまで活躍を続け後世に名を残した安倍晴明は、偉大な人物であったことが分かりますね。

 

陰陽師とは

そもそも陰陽師という役職は、平安時代において一体どのような役割を果たしていたのでしょうか?

現代においては陰陽師という職業は一般的でないため、アニメや漫画などのイメージから妖怪・鬼退治などを連想する人が多いのではないかと思います。しかし実際の陰陽師は、退魔のような仕事をしていたのではありません。

陰陽師は律令制(りつりょうせい)の下、中務省(なかつかさしょう)の中にある「陰陽寮」に属した官職の一つでした。現代でいうところの国家公務員的な立ち位置だったのです。

主な役割としては、天文の観測を行い観測結果をもとに吉凶を占うというものでした。今で言う「天文学者」と「占い師」を混合したような存在だったのですね。

以下、陰陽師が行っていた主な仕事です。

・占星術
・風水
・吉日凶日の判断
・暦の作成
・気象予報
・水時計による時刻管理
・病魔のお祓い

このように陰陽五行思想に基づいて理論的な分析を行うことが陰陽師の主な仕事だったのですが、御霊信仰(ごりょうしんこう)が強くなってくると鎮魂のため陰陽師が駆り出されることになります。

このことから現代では退魔・妖怪退治といったイメージが先行しているのかもしれません。

 

安倍晴明は実在したのか

安倍晴明は人間離れした逸話や伝説のイメージが根強いため、「実在したのか?」と疑わしく思ってしまうかもしれません。

しかし歴史書に名を残していることや、陰陽師という役職は平安時代において実際に存在していたことから、実在の人物であるというのが一般的な説です。

安倍晴明のものと思われる墓所は京都を中心にいくつか点在するのですが、どれが本当の墓なのかということは分かっていません。

 

妻や子孫

安倍晴明の妻については、史実においてはっきりとした記述がないため明らかにされていません。

しかし安倍晴明には二人の子供がおり、長男が安倍吉平(あべのよしひら)、次男が安倍吉昌(あべのよしまさ)といいます。二人の息子は父と同様に陰陽道を学び、陰陽寮に属し重要な役割を果たしていたそうです。

その後も安倍家は代々陰陽寮に所属し、陰陽師としての仕事を全うします。

明治維新後の1870年に陰陽師という役職は迷信と決定付けられ廃止されてしまうのですが、安倍晴明の血を引く子孫は今なお現代日本に残り続けています。

 

家紋

安倍晴明は五芒星(ごぼうせい)と呼ばれる印を自身の家紋としていました。


五芒星とは、中心に五角形が描かれる形で描かれた星の印です。陰陽道においては魔除けの呪符として伝えられており、晴明は五行の象徴としてよく用いていました。

また、五芒星は桔梗の花に形が似ていることから「晴明桔梗(せいめいききょう)」とも呼ばれます。

 

安倍晴明の逸話

平安時代に陰陽師として活躍した安倍晴明には数々の逸話や伝説が残されています。その一部をご紹介させて頂きます。

 

母親が狐

信太(しのだ)の森で、安倍保名は狩人に追われていた狐を助けるのですが、その際に怪我を負ってしまいます。そこへ葛の葉という女性がやってきて安倍保名を介抱します。

やがて二人は恋仲になり、結婚して子供をもうけました。その二人の間に生まれた子供が安倍晴明だと言われているのです。つまり、安倍晴明の母親は狐だったということになります。

この一連の伝説は「葛の葉伝説」と呼ばれています。

 

最強の式神を使っていた

式神というのは陰陽師が操る鬼神のことです。式神には人の心の善悪を見定めるという役割がありました。

安倍晴明が使役していたのは、十二天将と呼ばれる式神です。十二天将は星座に起源を持っており、それぞれが陰陽五行や十二支などに当てはまります。

十二天将の種類は下記の通りです。

名前 陰陽五行 十二支 吉凶  概要

①騰蛇(とうしゃ) 火神 巳 凶将 炎をまとった羽の生えた蛇の姿
②朱雀(すざく)  火神 午 凶将 炎をまとい翼を広げた霊鳥の姿
③六合(りくごう) 木神 卯 吉将 平和や調和公平を司る神
④勾陳(こうちん) 土神 辰 凶将 京の守護を担う。金色の蛇の姿
⑤青龍(せいりゅう)木神 寅 吉将 東の守護神で青色の龍の姿
⑥貴人(きじん) 上神 丑 吉将 十二天将の主神。幸福を司る
⑦天后(てんこう) 水神 亥 吉将 航海や漁業を守護する女神
⑧太陰(たいいん) 金神 酉 吉将 公正や清廉潔白を司る老婆
⑨玄武(げんぶ) 水神 子  凶将 天帝に仕える文官で忍耐を司る
⑪白虎(びゃっこ) 金神 申 凶将 白い虎の姿をしている西の守護神
⑫天空(てんくう) 土神 戌 凶将 霧や黄砂を呼ぶとされ、消耗を象徴する

十二天将は式神の中でも最高位とされる存在です。安倍晴明はそんな十二天将を自在に操っていたといいます。

なお仏教における十二神将と混合されることが多いのですが、十二天将とは全くの別物です。

 

安倍晴明のライバル

安倍晴明のライバルとして伝えられているのが蘆屋道満(あしやどうまん)という陰陽師です。

晴明が陰陽寮に属した陰陽師だったのに対し、蘆屋道満は組織に属さない陰陽師でした。しかしながら、その力は晴明に匹敵するほどだったと言われています。

江戸時代までの文献では「晴明が正義」「道満が悪」として描かれることが多く、その名残か現代の小説や映画でも道満は悪役として使われることがほとんどです。

安倍晴明は実在した人物とされていますが道満については史実において実在したという確証がないため、創作の中だけの人物ではないかと言われています。

 

安倍晴明の親友

夢枕獏の小説『陰陽師』では、源博雅(みなもとのひろまさ)という人物が安倍晴明の親友として登場します。

源博雅は平安時代の雅楽家です。笛、琵琶、琴などを扱い、朝廷において雅楽の才能を遺憾なく発揮したとされています。

そんな源博雅は、映画や小説の『陰陽師』では、安倍晴明のパートナーとして描かれているのですが、史実において二人が交流をしていたという事実はないのです。そのため安倍晴明と源博雅が親友同士だというのは、あくまでも創作の中だけのお話と考えられます。

ただし安倍晴明と源博雅は互いに中務省に在籍していた経歴があるため、全くの無関係というわけではなさそうです。

 

百鬼夜行

平安後期に成立した『今昔物語集』によると、晴明が幼少の頃、夜道にて百鬼夜行を目にしたという話が記載されています。

百鬼夜行とは鬼や妖怪の群れのことです。修業を重ねた者でさえ簡単に見ることができないといいますが、晴明は幼い頃から鬼や妖怪を見ることができたのです。

その後すぐに晴明は賀茂忠行に百鬼夜行のことを伝えます。それを聞いた忠行はただちに鬼どもを退けました。

このことから忠行は晴明の中にある霊視の才能を見出し、陰陽道を授けたとされています。

 

安倍晴明にまつわる神社

晴明神社

安倍晴明の拠点であった京都に鎮座する神社です。一条天皇の命により、晴明の屋敷跡に建てられました。

境内には晴明の石像や式神の石像などが置かれています。また、晴明がお稲荷様の生まれ変わりであるという伝承に基づき、お稲荷様が祀られているお社もあります。

住所:〒602-8222 京都府京都市上京区晴明町806
アクセス:地下鉄「今出川駅」より徒歩約12分
御祭神:安倍晴明御霊神
御利益:魔除け、厄除け

 

安倍晴明神社

安倍晴明生誕の地とされる大阪市阿倍野区にある神社です。阿倍王子神社の境内社となっています。

安倍晴明誕生地の碑、安倍晴明産湯の跡、葛の葉霊狐の飛来像などがあります。

安産を祈る鎮石(しずみいし)と呼ばれる石があるため、安産祈願の神社としても信仰されています。

住所:〒545-0034 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16
アクセス:阪堺上町線「東天下茶屋駅」より東南へ徒歩5分
御祭神:安倍晴明大神
御利益:厄除け、災難除け、安産

 

熊野神社

都内唯一の安倍晴明ゆかりの神社です。今から一千年以上前、安倍晴明によって熊野大神が勧請されたと伝えられています。

境内にある二本のご神木は、樹齢三百五十年を超え天然記念物にも指定されている立派なものです。寄り添うように立つご神木は「夫婦楠」とも呼ばれています。

住所:〒124-0012 東京都葛飾区立石8丁目44-31
アクセス:青砥駅から徒歩10分
御祭神:伊邪那岐大神、速玉男大神、事解雄大神
御利益:縁結び、家内安全、厄除け、病気治癒

 

名古屋晴明神社

安倍晴明はかつて尾張国(愛知県西部)に在住していたとされており、晴明の神霊を勧請したことでマムシ退治に成功したという伝承があります。

御朱印では、陰陽道で魔除けの呪符として伝えられている五芒星のスタンプを押してもらえます。

住所:〒464-0087 愛知県名古屋市千種区清明山1丁目6
アクセス:地下鉄名城線「砂田橋駅」から徒歩約16分
御祭神:安倍晴明
御利益:商売繁盛、病気平癒、就職祈願、学問守護、縁結び、恋愛成就

 

冠纓(かんえい)神社

香川県高松市にあるこちらの神社は、かつて安倍晴明が神主をしていたという言い伝えがあります。

縁結びのご利益があることや、カラフルで可愛らしい御朱印を頂けることから女性からの人気の高い神社です。

住所:〒761-1402 香川県高松市香南町由佐1413
アクセス:JR「高松駅」から車で30分
御祭神:帯中津日子命、品陀和気命、息長帯比売命
御利益:縁結び、恋愛成就、商売繁盛

 

まとめ

安倍晴明の生涯や逸話などを紹介させてもらいましたが、読む前と後とで印象が変わったのではないでしょうか?

陰陽師とは悪霊や妖怪を退治するようなものではなく、天文の観測結果に基づいて暦の作成や占いをするといったことをメインの仕事としていました。

橋本ユリ
史実による晴明の動向は少々地味に感じるかもしれませんが、彼が残した伝説や逸話は人並外れており面白いものが多いです。

安倍晴明が登場する逸話、映画や小説など気になったらぜひ見てみてくださいね。

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