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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

狛犬はなぜ置かれている?由来や歴史・見分け方まで徹底解説

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

神社にお参りに行くと、必ずと言っていいほど狛犬を目にしますよね。
当たり前のように目にしていますが、狛犬の歴史は意外にも未だ解明されていない部分が多く、ミステリアスです。

橋本ユリ
それでは、狛犬とは一体何なのでしょうか。
この記事では、狛犬の歴史を辿りながら、その歴史や見分け方、シーサーなど他の石像との違いまで、狛犬について徹底的に解説します。


それでは参りましょう!

狛犬とは?

狛犬は神社の参道脇に鎮座している、動物を模した石像です。
2体で一対になっており、参道越しに向かい合っているか、神社に背を向ける形で設置されています。

狛犬は邪気を祓うと信じられており、神社におわす神様を悪霊から守る守護獣として置かれることが多いです。
日本で最も古く、狛犬が伝わったとされているのは平安後期で、遣唐使が中国から伝えたと言われています。

 

本来の狛犬は「獅子」と「狛犬」に分かれていた

現在は「狛犬」と呼ばれていますが、実は狛犬は「獅子」と「狛犬」という全く違う2種類の動物を組み合わせたものでした。
そのため、重要文化財に指定されているような狛犬は、左右で全く見かけが違います。

向かって右側に「獅子」の像があり、獅子は金色や黄色の体で、口を開けた姿です。
対して、左側に設置された「狛犬」の像は、銀色や白色の体で、口を閉じています。

また、狛犬のほうには角があることも多いです。
右の像が獅子を模しているのに対して、左の像はサイと獅子を融合させた姿であるという一説もあります。

過去にははっきりと区別されていた「獅子」と「狛犬」ですが、歴史を重ねていくうちに狛犬の姿もだんだんと獅子と近くなりました。
反対に、呼び方は獅子と狛犬の両方を指して狛犬と呼ばれるようになり、今はその姿が獅子を模していると知っている人も少ない状況です。

 

狛犬と「阿吽」

狛犬の右側、「獅子」の像は口を開けたものが多く、左側「狛犬」の像は口を閉じているものが多いです。
姿かたちが似ているものでも、口を開けているか閉じているかで判断できるものもあります。

この口を開けている像を「阿形」、閉じている像を「吽形」と呼びます。
一対をあわせて「阿吽」と呼ぶこともあります。
息があっているという意味で使う慣用句、「阿吽の呼吸」の阿吽です。

「阿吽」は、仏教の世界で始まりから終わりまでを表現しています。
転じて、「阿吽」を模している狛犬は、この世のありとあらゆることを知り、人の言葉を理解することもでき、話すこともできるとされました。

 

玉を咥えた狛犬はどうして生まれた?

狛犬の中には、開いた口の中に玉を咥えているものがあります。
玉を咥えている理由も、「阿吽」の考え方に由来するものです。

玉を咥えているのは口を開いている「阿形」、獅子のほうですよね。
これは、言葉を発する時、必ず正しく世のため人のためになることだけを話す、と定められているからです。

「人を惑わせたり、傷つけるようなことは決して言わないこと」という戒めを込めて、阿形の狛犬は口に玉を咥えています。

逆に、口を閉じている吽形のほうにも、意味があります。
吽形の狛犬が口を閉じているのは、自分の発した言葉の重さや責任をしっかり受け止めようと、腹に力を込めている様子を描いたものです。

 

「子取り」「玉取り」の狛犬は縁起がいい?

狛犬の中には「子取り」「玉取り」と呼ばれるものがあります。
「玉取り」と呼ばれている狛犬は玉を足で押さえるようなポーズで彫られています。
玉取りの狛犬は、鞠で遊んでいるような様子から「運気がよく転がるように」という意味合いで、縁起がいいと人気です。

「子取り」はそのとおり子どもを連れている狛犬で、「子連れ狛犬」とも呼ばれています。
足元に子どもが一緒に彫られていて、足であやしていたり、乳を飲ませていたり形は様々です。
子取り狛犬には、子孫繁栄のご利益があると言われています。

 

狛犬の歴史は?


神社によって様々な形で表現される狛犬ですが、そもそも狛犬はいつ登場したのでしょうか?
狛犬の歴史を辿ると、平安後期、遣唐使の頃まで遡ります。

ここからは、狛犬の歴史についてみていきましょう。

 

狛犬の祖先はスフィンクス?

狛犬のルーツを辿っていくと、最終的にインドに辿り着きます。

今からはるか昔、ピラミッドが作られた古代オリエントでは、獅子(ライオン)が地上最強の動物であると考えられてきました。
そこから、獅子を模したもので王様を守ろうという思想が生まれます。
玉座の肘掛けに獅子の頭を彫ったり、ピラミッドの守護者として隣に作られているスフィンクスがその思想の形跡です。

また、仏教でもその傾向は見られます。
インドの仏像には、仏像を支えるように足元に獅子が彫られたものも少なくありません。

守護獣として神社を守る狛犬のルーツはスフィンクスにあったんですね。

 

獅子にあやかる思想はインドから中国へ

最強の動物である獅子によって王を守るという思想は、仏教と共に中国に伝わりました。

最初こそ獅子はライオンを指していましたが、中国でライオンをみる機会はあまりありません。
そのため、中国に伝わってからの「獅子」は、羽が生えたり角が生えたりと様々に姿が変更され、霊獣として伝説の生き物になりました。

霊獣としての獅子は、ライオンと区別して「唐獅子」とも呼ばれます。
そして、中国でも皇帝を守護する守護獣として、獅子の像が彫られました。

玉座を守る一対の獅子、これを「中国獅子」と呼びますが、一説ではこの中国獅子が狛犬の原型と言われています。
中国獅子を見た遣唐使が、その文化を日本に持ち込んだのが、日本の狛犬文化のはじまりです。

 

中国獅子と狛犬の違い

狛犬の文化は、日本に中国獅子が持ち込まれてから独自に変化していった日本特有のものです。
それでは、中国獅子と狛犬にはどんな違いがあるのでしょうか。

至ってシンプルで、中国獅子は左右で異なる姿の石像を置きません。両方とも獅子です。
それに対して、日本では「獅子」と「狛犬」という異なる2種類の霊獣を組み合わせて一対の守護獣としています。

なぜ日本で種類を変えるという文化が生じたのかは未だはっきりとした理由がわかりません。
「左近の桜・右近の橘」と言われるように、全く異なるものを一対に並べることに美しさを感じる日本人特有の美的感覚が影響しているのでは、と言われることもあります。

 

天皇陛下を守るものとしての狛犬

中国獅子が遣唐使によって日本に渡ったあと、最も高貴な人物である天皇陛下を悪霊から守るものとして、宮中で導入されました。

当時は大きな石像を彫るのではなく、木彫りの狛犬を天皇の謁見すり部屋にかかった御簾の重しとして置いていました。
この時の狛犬は、「神殿狛犬」や「陣内狛犬」と呼ばれます。

現在普及している狛犬よりもずっと小さい、手で持てる程度の大きさの狛犬は、平安時代に描かれた天皇陛下の絵画にも描かれました。
このように宮中で親しまれていた狛犬ですが、やがて天皇と縁のある神社へと伝わります。
ここで初めて神社を守護する狛犬が生まれました。

 

なぜ寺院ではなく神社に置かれるのか

狛犬は「阿吽」について色濃く影響されていることからもわかる通り、仏教に親しい文化です。
しかし、狛犬を見かけるのはお寺ではなく神社ですよね。
なぜ狛犬は神社に置かれるのでしょうか?

現在、神道と仏教ははっきりと区別されていますが、以前はそうではありませんでした。
神仏習合と言われるように、神道に仏教が与えた影響も、仏教に神道が与えた影響も大きかった時代があります。

神道では神様に形があることは重要視されませんが、仏教伝来の影響で、仏像のように形のある神様を求める風潮が強い時期がありました。このような流れを受けて、神社に神像が置かれるようになります。

そうすると、神像を守る存在として、狛犬の像が求められるようになりました。今のように屋外に大きな像として置かれるようになったのはこの頃からです。

反対に、寺院であまり狛犬が置かれないのは、同じく「阿吽」を表す守護像として、狛犬の代わりに仁王像が広まったことが理由と言われています。

 

一般に狛犬が親しまれるようになった江戸時代

狛犬が全国の神社で置かれるようになったのは江戸時代です。

江戸時代には、徳川家康によって350年の平和が築かれました。
江戸時代は時代としてもとても豊かで、身分のさほど高くない庶民の中からも、裕福な家庭が現れはじめました。

すると、今までは身分が高い者にしかできなかった神社への奉納を、一般庶民からもできるようになりました。
奉納するものはお酒、石灯籠など様々な種類がありますが、そんな中注目されたのが狛犬です。

当時裕福な商人が生まれたとは言っても、寺社の灯籠に代表される石造物の奉納は特権階級にしか許されていませんでした。
そのため、灯籠などに比べて価値が劣る狛犬を、庶民が奉納するという文化が生まれたと考えられています。

 

伝聞と想像が生んだ様々な狛犬

狛犬はサイとライオンを融合させて生まれた想像の神獣ですが、江戸時代に生まれた狛犬には、純粋に動物の犬や狼を模したものも見られます。
これは、日本では獅子を見ることができないため、実物がわからないということに加え、平安から続いている「狛犬」がどんなものなのか理解できないまま石工に彫らせたものが多いからと考えられます。

「狛犬はこんな姿だったように思う」という伝聞から、石工が想像して彫ったものが、全国の神社に建てられている石造りの狛犬です。
そのため、独創的な姿をしたものも多く、独自の文化を形成しています。

 

狛犬と狐やうさぎ・猿などの動物との違い

神社には狛犬ではなく、狐の像やうさぎの像など、異なる動物の像が鎮座しているところも多いですよね。
代表的なものだと、稲荷神社の参道を見守っているのはすらりとした狐の石像です。
これらの動物のことを「狛○」と表現することもありますが、厳密には狛犬と狐の石像の役割は異なります。

狐やうさぎなどの動物は「神使(しんし)」と呼ばれる神様の使いです。
神使とは、神様と人間の橋渡しをしてくれる伝達役や、神様にまつわるこまごまとしたお世話を担う動物のことを言います。
対して、狛犬は、神社を悪霊から守ることに特化しています。

同じように建てられている石像ですが、世話役と守護役で全く異なる役割の動物なんですね。

 

狛犬とシーサーは同じもの?

狛犬とよく混同されるものとして、もうひとつ挙げられるのが沖縄の「シーサー」です。
シーサーは沖縄弁で「獅子」という意味の言葉で、それだけを聞くと、狛犬と同じもののように思えます。

それでは、シーサーと狛犬はどこが違うのでしょうか?

 

守るものが違う

狛犬は神様や天皇など、高貴な存在を守るために存在します。
それに対して、シーサーが守っているのは「家」や「村」です。

狛犬と比べると、より一般庶民の中で形成された文化であることがわかります。

また、シーサーは火事を避けるとも言われていますが、狛犬はシーサーのような具体的な話はついていません。

 

シーサーは守るだけではない

最も大きな違いは、シーサーには「福を招く」という側面があることです。
狛犬は守るだけなので、シーサーは全く違う役割を求められた存在であることがわかりますね。

 

シーサーと狛犬はそれぞれ別で伝わった守護獣

シーサーは完全に沖縄で生まれた存在なのかと言うと、そうではありません。
シーサーも狛犬と同じく、中国にルーツがあります。
中国獅子が沖縄に伝わり、独自に発展を遂げた結果シーサーになったとされる説が有力です。

ただし、中国獅子が伝来した時期が狛犬よりも200年ほど後のことなので、遣唐使とは別のルートで伝わったと考えられています。

 

高麗(こま)から伝わったから「こま」犬?


狛犬について調べているとよく目にするのが、「高麗から伝来したので「高麗犬(こまいぬ)」と言っていたものが「狛犬(こまいぬ)」へと変化した」という通説です。
しかし、これはあくまでも通説で、根拠がないことが知られています。

高麗とは昔の朝鮮半島の呼び名です。
中国と日本で文化の行き来があったように、高麗とのやり取りも当然歴史的にはありました。
なので、一見筋が通っているようにも見えます。

しかし、狛犬は中国伝来と考えたほうが自然です。
根拠として挙げられているのが2点です。

まず、中華思想という、中国が世界の中心であり、その他の文化は中国に劣ると考える選民思想があります。
狛犬に当てられている漢字の「狛」は、中華思想において「中国の外の野蛮な土地」という意味です。
狛犬は日本で独特の進化を遂げているので、日本(中国の外の土地)の犬という意味で使われていると考えられます。

次に、「狛」という言葉は現在中国では使われていないが、本来は神獣という意味の言葉であることが挙げられます。
狛犬は犬に似ているが頭部に角がある姿をおり、これは中国で創造された神獣のひとつであると推測する人も居ます。

どちらも中国にまつわる話で、高麗は全く出てきません。
根拠が音が似ているという一点のみなので、この通説は間違いの可能性が高いと言われています。

 

石造りの狛犬=新しい狛犬?

宮中で使われていた、屋内用の狛犬は木製でした。
その後、鎌倉時代、室町時代、と狛犬は屋外に作られることが増えましたが、その素材は多岐に渡ります。
屋内用と同じく木製のものから、鉄製、青銅製、などの金属製のものまで様々です。
その中には重要文化財に指定されているような文化的価値の高いものも数多く存在しますが、石造りの狛犬で重要文化財に指定されているものはほとんどありません。

私達が目にする狛犬はほとんど石造りなので、意外に感じられますが、石造りの狛犬が最も作られたのは江戸時代です。
歴史が浅いため、重要文化財には至らないのでしょう。

それでは、重要文化財になっている石造りの狛犬にはどのようなものがあるのでしょうか。
代表的なものに東大寺南大門にある狛犬が挙げられます。
日本最古の石造りで作られた狛犬で、建久7年(1196)年、今で言うところの鎌倉時代に作られたと言われています。
ただし、これは中国の石工に作らせたもので、神殿狛犬の特徴である阿吽像になっていません。
狛犬というよりは中国獅子に近い石像と言えるでしょう。
このように、重要文化財に指定されるような石造りの狛犬は、ほとんど中国獅子の側面が強く出た作品です。

 

まとめ:個性的な狛犬も神社の楽しみの1つ

神社に行くと当たり前に目にする狛犬ですが、平安後期から日本に存在する歴史の長い文化であることがわかりました。
神社にある石像が全て狛犬というわけではなく、代わりに狐やうさぎなど、神使が鎮座している神社もありますので、その違いには注意が必要です。

江戸時代に起こった狛犬の一般への普及によって、現在、狛犬を神社で見かけないことのほうが珍しい状況になっています。
橋本ユリ
神社そのものだけでなく、狛犬の個性にも注目して、より一層神社を楽しんでください。

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