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【玉音放送】日本人の9割が誤解している『終戦の詔勅』の真実

2021年8月14日

こんにちは、羽賀ヒカルです。

今回は、国史啓蒙家の小名木善行先生をお招きして「【玉音放送】日本人の9割が誤解している『終戦の詔勅』の真実」についてお伝えします。

羽賀ヒカル
小名木先生、よろしくお願いします。



小名木善行
-羽賀さん、よろしくお願いします。

玉音放送とは何か?



羽賀ヒカル
今回は終戦記念日という事で、玉音放送とは一体何なのか、どのような経緯で出されたものなのか、というところをお伺いできたらと思います。



小名木善行
-先の大戦(太平洋戦争、日本では「大東亜戦争」が正式名称)の戦闘状態の終結のために、昭和20年(1945年)8月15日正午、昭和天皇が全国民に向けて放送されたものを「玉音放送」と言います。

天皇のお声のことを「玉音」と言います。

この「玉音」というのは、普通の人はめったに聞くことが出来ないわけで、そもそも天皇陛下の声を直接聞くことができるのは、本当に限られた人しかいませんでした。

さらに天皇陛下が直接、全国民に向けてお声を発せられるというのは、実はわが国の歴史上、昭和20年8月15日が初めての出来事になります。

天皇陛下がこの玉音放送をされるに至った経緯については、天皇陛下の玉音放送の「終戦のご詔勅」の中に明確に述べられています。

4年間戦ってきて、戦局必ずしも好転せずというのが先ずありまして、その中で「敵は新たなる新型爆弾を用いて多くの人々の命を失わせるに至った。幾度も罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は誠に計り知れません」と言うことを述べられています。



つまり、8月6日に広島、8月9日に長崎にそれぞれ原爆(原子爆弾)が落とされたことで「もうこれ以上戦闘行為を続けるべきではない」という御聖断(※注1)によって玉音放送に至ったということですね。

※注1:御聖断
「天皇のご決断」のこと



羽賀ヒカル
原爆のことに関しては、言いたいことであったりだとか、ちょっと本当に…という思いも私はあったりするんですけれども…

そもそもこの玉音放送の内容というのは、どういったものになるのでしょうか?


玉音放送の巧妙な切り取り



小名木善行
-毎年8月15日になりますとテレビで「難きを耐え 忍び難きを忍び」という、そこばかりが強調されて繰り返し放送されています。

戦争で焼け野原になった悲惨な状態の日本の姿が映像として映し出されて、戦争経験者の「もう本当にあんなひどい経験は二度としたくない」という声が流れます。

その上で「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という放送が流されると聞いている視聴者の方は、こんなに酷い状態にまで日本あるいは日本の国民を追い込んでおいて、今更「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び」って…何を言っているんだ!という風な印象になってしまいがちですよね。

そういう意味で、陛下の玉音放送に関して、常に巧妙な切り取りがされているのは大変残念なことに思います。


この玉音放送においては、なぜこの戦争に至ったのか。そして、その中で日本の将兵がいかに勇敢に戦ったのか、いかに国民が頑張ってきたのか、というものに対して陛下から深く感謝の言葉がまずあります。

その上で「敵は新たなる新型爆弾を用い」という言葉が出てきます。

日本が先行開発した原爆を使わなかった理由



小名木善行
-この「新型爆弾」というのは「原爆」のことを意味するわけですけれども、当時日本国内では「原爆」という言葉はまだなく、「新型爆弾」という言葉を使っていました。

実は、この新型爆弾はアメリカが開発に成功したのが昭和20年3月なのですが、我が国ではその2ヶ月前の昭和20年1月の段階で開発に成功していました。

つまり、後は原爆を作って落とすだけという状態にまで至っていたわけです。


この段階で、軍の参謀長が天皇陛下のもとに参上いたしまして、「新型爆弾が完成しました」とお伝えし、あとはどのように使うのかということになりました。

当時、3月の段階で沖縄戦が行われるであろうことは、ほぼ明確に見えてきていた状況にあったのです。

米軍は、島を攻め落とそうとする場合、海が埋まってしまうぐらい艦隊を集結させて徹底的に艦砲射撃を加える戦い方をするのが、それまでの経験によって明らかになっていました。


だから、米軍の太平洋艦隊が全艦集結している上空で原爆を炸裂させる。

そうすると、その瞬間にアメリカの太平洋艦隊はこの世から消滅することになる。

そうすることによって、沖縄県民を守るという作戦であったわけですね。


そのために、前年の昭和19年9月頃から沖縄県の疎開が始まっていました。

責任者である県知事は、沖縄にいたら自分も死ぬ危険がありますが、最後まで残る必要がある訳ですよね。

そうすると、自分の命が危ないということで、この時の県知事は、「とにかく転勤させろ」と言うわけです。


現在は、県知事というのはそれぞれの県で選挙で選んでいますけれども、戦前・戦中までは中央政府からの派遣(官僚)だったんですね。

だから、「赴任先を違うところに移してくれ」と盛んに運動していて、肝心な沖縄県民の疎開を邪魔するという動きが起こっていたんです。



昔も今も官僚というのはそういう動き方をするということがあったりするわけなんですが、この時も沖縄県民の疎開が遅々として進まない状態にありました。

その中で、沖合に集結した米艦隊の頭上で原爆を炸裂させると県民にも被害が及ぶことになるし、さらに、硫黄島にも米艦隊が来ていましたので、原爆を使っても全艦消滅はしない状態でした。


アメリカでもマンハッタン計画(※注2)で原爆を開発していますから、日本が先に原爆を使えば、その報復として当然アメリカも原爆を撃って来る。

これに対してまた日本が原爆を撃つということになれば結局、原爆の撃ち合いが起こることになります。


※注2:マンハッタン計画
元々はドイツで原爆を開発していたことに対し危機感を持って、アメリカ、イギリス、フランスが共同で原爆を開発していた



そうなれば、朕(天皇陛下御自身)はいかにして皇祖皇宗の諸々の霊に謝ればよいのか。また、原爆によって失われた多くの命に朕はいかにして謝れば良いのか。このようなものは一切使うべきではない。

例え何があっても原爆を使うことは一切してはいけないと「御聖断」が1月に下されました。


我が国は、沖縄戦において原爆を使うことなく、次善の策として行われたものが実は「特攻作戦」だったのです。

つまり、一発の爆弾で米艦隊を消滅させることが出来ないならば、250キロ爆弾を積んだ飛行機を飛ばして米艦隊を一つずつ沈めていくしかないという作戦に変更されるわけですね。

我が国は原爆が既に開発段階にあり、またそれがどの様な影響を及ぼすかということも分かっていたのです。

日本に原爆が落とされた時、内閣は…



小名木善行
-それが現実に8月6日と9日の2回にわたって広島、長崎に投下されるという事態が起こってしまいました。

ここに至って、まだ戦い続けるということになれば、軍としては持っている弾は全て使うことになり、大変な状態になることが予想できるわけです。

もうこれは何が何でも戦争を終わらせるしかないという状況になってきます。


この時に閣僚で御前会議(※注3)が何回か行われました。

戦争を終わらせるのか、継続するのかということについて陛下に御聖断を迫るということがあったのです。

※注3:御前会議
大日本帝国憲法下の日本において、天皇臨席の下で重要な国策を決めた会議



これは本来あってはならないことなんですね。

戦争を継続するのか、或いは終わらせるかというのは政策的な意思決定ですから、あくまでも内閣が責任を持って行うべきことであるのです。

要するに意思決定をするということは当然、責任が発生するわけです。

責任が発生するということは自己責任の原則がありますので、場合によっては閣僚が腹を切らなくてはいけないという話になるわけですよね。

ところが内閣がその責任を全うできない。

つまり、戦争継続するという考えと終わらせるという考えに分かれてしまって収拾がつかず、最終的にやむを得ず陛下の御聖断を仰いだのです。

責任は我々が取るけれども、判断だけはお願いしますという話になったのが「御前会議」という形になったのです。

だからこの段階で完全に内閣が機能不全状態に陥っていたということですね。


その時に、陛下は「もはや戦争を継続すべきではない」という御聖断に至るのですが、賛成派だけでなく、当然反対派もたくさんいます。

また、場合によっては陛下の命さえも危なくなってしまう可能性もあり、相当なご覚悟のもとに8月15日正午に玉音放送が行われるという所に至ったのです。

玉音放送に込められた陛下の心



小名木善行
-その玉音放送に込められた陛下の心、そして思いと言った部分が終戦の詔勅の中にあります。

ここから少し読み上げます。

朕は帝国と共に終始一貫して、東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるをえません。

帝国の臣民の中で戦陣で戦死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者及びその遺族に思いを致すとき、朕の五臓六腑はそれがために引き裂かれんばかりです。

かつ、戦傷を負い、戦争の災禍をこうむり、家も土地も職場も失った者たちの健康と生活保障に至っては、朕の心より深く憂うるところです。


これは僕が現代語訳したものですが、当時は「朕思うに…なんとかかんとか」という古い言い方になっています。

その上で、

これ以上暴れまわるとか、戦うということはもうしないでもらいたい。

自分達が信念を持って戦ってきたことを、国をあげて各家庭でも子孫に語り伝えて、神国日本の不滅を信じ、任務は遠く、道は遠いということを思いながら、持てる力の全てを未来への建設に向けて、同義を重んじて志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう心がけなさい。

汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体しなさい、体現していきなさい。


という風に玉音放送は締めくくられています。


僕はそういう意味で、以前「日心会」という団体を作ったり、或いはブログの記事を書いたりしていく中において1つだけ約束事として思っているのは

天皇陛下のお心に沿うように頑張っていきたい

というそこだけですよね。


羽賀ヒカル
なるほど。

本当に多くの日本人が知るべき御心

そして、誤解されてるところも多い内容だったのかなと思います。


羽賀ヒカル
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今回は終戦記念日に知っておきたい「【玉音放送】日本人の9割が誤解している『終戦の詔勅』の真実」についてお伝えしました。

今年も8月15日の迫った、この時期に素晴らしいお話をありがとうございました。

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