神社チャンネル

神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
神社に関する知識をわかりやすく解説します。

今さら聞けない神社とお寺の違い

2022年7月3日

日本人の心に火を灯す、東洋思想及び神道研究家の羽賀ヒカルです。

今回は「今さら聞けない?!神社とお寺の違い」についてお伝えします。

橋本ユリ
羽賀さん、今さらな質問なんですが、神社とお寺ってどう違うんですか?


羽賀ヒカル
それは分かっているようで、意外に答えられない質問かもしれませんね。

では、各地の神社やお寺の違いを説明しましょう。


神道と仏教の成り立ち


日本最古の建物は法隆寺ですから、お寺の方が建物としての歴史は古いです。


神社の建物で今残っている最古のものは、京都にある宇治上神社の社(やしろ)で、平安時代に建てられたものです。


では、それ以前に「神社や神道は無かったのか?」と言うと、それはあったのです。

神社チャンネルでは、神道を「縄文時代から連綿と続く日本人の思想・精神」と定義付けています。

仏教がお釈迦様が開いたものと考えると、始まったのが今から3000年程前です。(2500年程前という説もあります)

縄文時代は一万年以上前に遡るので、神道の方が古くなります。

インドで生まれた仏教という思想が、中国・朝鮮半島を経由して日本に渡ってきました。

その時から日本の政治や思想も変わってきたので、神社とお寺、神道と仏教は、実は切っても切り離せない関係にあったのです。

神社とお寺の大きな違い


先ほども言ったように、神社は神道、お寺は仏教の建物で、実はお参りの仕方や根底に流れる思想も全然違います。

神社は元々、縄文の人たちから続いている、自然崇拝です。

山が神、海が神、次の写真のような巨石が神となります。


こちらは熊野三山(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)の一つである熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)の奥にある、神倉神社(かみくらじんじゃ)は「ゴトビキ岩」という巨石が御神体となっています。

つまり、神社は基本的に「自然崇拝」という性格・性質を持っているのです。


一方で、お寺は元々「修行によって、煩悩を捨て、悟りを開くこと」が目的とされたもので、初めは修行者の住む場所でした。

仏教が日本に入ってきた時期に関しては様々な説があり、一般的な説では538年に聖徳太子が本格的に仏教を取り入れたのが始まりとされています。


しかし、記録で残っている限りでだけであって、もっと早くから仏教は日本に伝わってきていたのではないかと私は考えています。

聖徳太子が「仏教を取り入れた」「法隆寺・四天王寺を建てた」ところから、日本の中心である朝廷の中で、仏教が政治に取り入れられるようになっていったのです。


建物も実は全然違います。

神社の場合、どんな神社でも絶対に鳥居があります。


鳥居は、「ここから奥は神聖なる場所(聖域)であること」を示しているのです。


一方、お寺の場合は「山門(さんもん、やまと)」となります。


「なぜお寺が山の門と書くのか?」と言うと、だいたいお寺は修行地としての山に建てられていて、その名残から山門と呼ぶようになったのです。


祀られているものも違います。

先程の通り、神道(神社)の場合、例えば、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)の場合は「富士山」が御神体になります。

もしくは、伊勢神宮のように、三種の神器のうちの一つ「八咫鏡(やたのかがみ)」がご神体として祀られていたり、熱田神宮のように「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」、またの名を「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」が御神体となっています。


伊勢神宮や熱田神宮のように、ほとんどの御神体は見ることができません。

様々な神主さんにインタビューさせてもらったところ、見たことがないという方が多いです。

お祭りの時も、箱に封印されたままで開けることはありません。


これは非常に神道的な考え方で、「さわらぬ神にたたりなし」です。

実際に御神体を「開けてしまった」「見てしまった」ことで罰が当たったという方が、歴史的にも結構いらっしゃることから、多くが封印されています。

神社は基本的には「封じられているもの」、もしくは「自然そのもの」が御神体なのです。


一方、お寺には明確に「仏像」があります。

薬師寺の場合は「薬師如来」という如来様、真言宗の寺院の場合は「大日如来」や「不動明王」といったように、仏様が祀られているのがお寺や寺院なのです。

そういった意味からも、神社とお寺は全く違うと言えます。

作法や働く人など、具体的な違い


ここで、神社とお寺の違いについて更に具体的にお伝えします。

「参拝方法」


神社
・鳥居の前で一礼
・参道は真ん中を歩いてはいけない(右か左かどちらがいいかは神社によって違う)
・参道の脇道を歩いて本殿にたどり着いたら、二礼二拍手一拝の作法でお参りする。

お寺(宗派によって異なる部分あり)
・門の前で一礼
・御手水舎がある場合は水で手や口を清める(浅草寺のように、ろうそくや線香などによって清めるというケースもある)
・本堂にたどり着いたら、本堂の前で一礼
・お賽銭を入れて、上からぶら下がっている鰐口(わにぐち)を鳴らす


・お祈りをして、最後に拍手はせず、合掌して一礼して帰っていく
・最後に門をくぐる時にまた一礼して去っていく

*特徴は、拍手がないことです。

「働いている人」


神社
・神職さん(一般的には「神主」さんですが、正式名称は「神職」さん。神様をお取次ぎする人)

お寺
・住職さん(その名の通り、住んで働いている人)
・和尚さん(教えを説く人という意味)
・尼さん(仏道修行をしている女性)

*基本的にお坊さんはどんな方でも修行者としての性質がある

「唱えるもの」


神社
・「天津祝詞(あまつのりと)」「大祓祝詞(おおはらえのりと)」「祓詞(はらえことば)」といった祝詞(のりと)

お寺
・お経(基本的にはお釈迦様の教えをまとめたもので、悟りの境地を記したもの)

神仏習合から生まれた神様と仏様に関する思想


聖徳太子が仏教を政治に取り入れていくようになり、だんだんと神道と仏教が一つになっていきました。

その中から出てきた、神仏習合を象徴するような様々な思想を紹介します。

神身離脱説(しんしんりだつせつ)


飛鳥時代から現れてきた思想で、神様も人間と同じように解脱(げだつ)したくて、仏様は神様が解脱するのを助けているという説です。

この頃ぐらいから「神宮寺(じんぐうじ)」という、神社の近くにお寺が建てられるケースが増えてきました。

これは「仏様は神様が解脱するのを助けるためにいる」という神身離脱説から来ています。

護法善神説(ごほうぜんじんせつ)


これは仏教の教え(法)を神様は守っているという説です。

護法善神説の象徴的なものとして、奈良時代に建てられた東大寺の大仏殿には、宇佐八幡宮の神様が祀られています。

これは「八幡の神様が仏教の法を守るためにある」という護法善神説から来ているのです。

本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)


平安時代に現れた、仏様が化身(けしん)して現われたものが神社の神様という説です。

つまり、「仏様の方が本体であって、その仮の姿が神社の神様である」という考え方になります。

反本地垂迹説(はんほんちすいじゃくせつ)


本地垂迹説に対して、逆に神社の神様がむしろ仏様に変わったのだという説になります。

これに関してハッキリ言うと、神道の方が歴史は古いです。

つまり、神社チャンネルとしては、反本地垂迹説の立場を取っています。

元々「神道の神様」という原因の世界があって、それが具体的に化身し、より人間に近い形で現れてきたものが「仏様」と考えています。


これは宇宙の成り立ちも同じで、抽象的なものの方が先で、具体的なものの方が後です。

そう考えると、神道の方が抽象的なので、私は神道の方が先にあったという、反本地垂迹説の立場を取っています。

神様と仏様の働きの違い


これらにより、神様と仏様の違いにも繋がってきます。

例えば日本の神様は、

・アマテラスオオミカミ・・・太陽の神様
・ツクヨミノミコト・・・月の神様
・スサノオノミコト・・・地球の神様
・ミズハノメノカミ・・・水の神様
・オオヤマヅミノカミ・・・山の神様

基本的には「自然は神なり」です。

自然の神様は「一体何をしてくれるのかよく分からない」という、働きが抽象的なのです。


一方、仏様は、

・薬師如来・・・病気を治す
・不動明王・・・不動の信念を高めてくれる
・毘沙門天・・・戦に打ち勝たせてくれる
・弁財天・・・才能と金運を授けてくれる
・吉祥天・・・幸せにしてくれる

上の通り、助けてくれる内容が明確です。


このように、抽象的な「神様」が先、具体的な「仏様」は後ですが、どちらが偉いというより、役割の違いだと考えています。

日本人は自然に対する感謝、もしくはご先祖様に対する感謝が根底にありながらも、困った時は仏様に助けを求めてきました。

そういった神道の思想と仏教の思想を両方合わせながら日本国を守ってきましたし、自分自身の人生がより良くなるようにお祈りしてきたのです。


聖徳太子ぐらいの時代から神仏習合していて、神宮寺という形でごちゃ混ぜの時代が長く続きました。

そこから、明治時代に廃仏毀釈運動(※1)があって、様々なお寺が壊されたのです。

※1:廃仏毀釈運動(はいぶつきしゃくうんどう)
仏教寺院・仏像・経文の巻物を破棄し、仏教を廃する現象のこと。
「廃仏」は仏を廃(破壊)し、「毀釈」は、釈迦の教えを壊(毀)すという意味。
明治時代、政府の神仏分離令や大教宣布は、あくまでも神道と仏教の分離が目的の行政改革であり、仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として仏像・仏具の破棄といった、廃仏毀釈運動が全国的に発生することとなった。
特に長年仏教に弾圧されてきたマイノリティの神職者や民衆は、仏教を非難する契機ともなり、仏像、経巻、仏具の焼却や破却となった地域も多いとされる。


この頃からまた、神道と仏教は明確に分かれるようになっていきました。


橋本ユリ
そういうことだったんですね。

昔はお寺も神社も一緒にあるのが珍しくなかったんですね!

分離するときに、たくさんの仏像や仏具、仏典が破壊されたのは残念です!


羽賀ヒカル
そして、第二次世界大戦で日本が負けてから、様々な宗教が宗教法人化していくことによって、更にくっきりと分かれてしまったのです。

この辺りのことは、長くなりますから、また改めてお伝えしたいと思います。


あなたの開運をお祈りしております、羽賀ヒカルでした。


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