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失われたユダヤ十二支族とニギハヤヒ 茂木誠先生と語る

2021年8月19日

こんにちは、羽賀ヒカルです。

羽賀ヒカル
今回は、茂木誠先生と対談形式でニギハヤヒノミコトについてお伝えさせて頂きます。


ニギハヤヒとはどんな神様なのか?



茂木誠
-僕、「ニギハヤヒ」大好きなんですよ。

羽賀ヒカル
精神世界や歴史研究をされている方の中では欠かすことができない神様ですので、簡単に「ニギハヤヒノミコト(饒速日命)」について説明をさせていただきます。

神武東征(じんむとうせい)神話のなかで、神武天皇が九州地方から東へやってきたのですが、近畿地方に「ナガスネヒコ(長髄彦)」という神様がおられ、ナガスネヒコ 対 神武天皇の戦いとなりました。

ナガスネヒコが優勢で、神武天皇が近畿地方を平定できずにいる時に現れたのがニギハヤヒノミコトという神様です。

ニギハヤヒノミコトは神武天皇とナガスネヒコの間に入り、ナガスネヒコを説得したことによって最終的に神武天皇は近畿地方を平定することができました。


では、ニギハヤヒノミコトは一体何者なのか。

神武天皇のご先祖様にあたる存在で、「ニニギノミコト(邇邇芸命)」という神様がおられます。

「ニニギノミコト」と「ニギハヤヒノミコト」、名前が似ていますね。

また、近畿地方の河内磐船神社にニギハヤヒノミコトの天孫降臨伝説というものが残っています。

天孫降臨はニニギノミコトのはずなのですが、なぜ「ニニギノミコト」と「ニギハヤヒノミコト」の二つの天孫降臨が存在しているのか…

ここが一つの謎となっています。


歴史研究をされている方の一説では、近畿地方の王朝の初代の王ではないかという話があります。

つまり、古代の日本の王であったのは「ナガスネヒコ」ではなく、「ニギハヤヒノミコト」なのではないかと言われています。


では、この天孫降臨神話が示すものは何なのか…

茂木先生なにか意見や思いはありますか?


天孫降臨は2回あった!?



茂木誠
-僕が日本書紀を読んでとても面白く思ったのは、近畿地方に攻め込んだ神武天皇が「自分達は天孫であり高天原から降りてきた者であってお前達を治めるんだ」と言ったら、ナガスネヒコが「ニギハヤミノミコトも天孫だ」って言ったんです。

それで神武天皇が証拠をみせるように言ったら、矢を入れる道具のようなものを出したんです。

ということは天孫降臨が2回あったということですよね。

それで同じ天孫族だから、ニギハヤヒは譲って丸く収まったという話ですね。


僕は天孫降臨というものは、日本列島の外から来た人達だと思っているんですよ。

どうやって来たのかはわかりませんが、多分船でしょう。

だから第一波と第二波があったと思うのですが、たぶん同じ民族で言葉が通じている。

そうすると、日本書紀の神話自体を書き直す必要がありますね。


僕の立場で言いますと、神話は民族の魂だから子供の頃から教えるべきで、普通に子供たちが天孫降臨とか神武東征神話の話ができるようにしたいのです。

ですが、その一方で神話が絶対正しいとか他の解釈はないと言うのもおかしいので、そこに色々な解釈があってこそ楽しいと思うんですね。

羽賀ヒカル
色々な解釈があって正しいと思いますし、古事記の神話にも様々な紐解き方があると思います。

確かに天孫族というものを海外からやって来た人達と仮定すると、歴史的に見る天孫降臨とは何なのか、そして一体誰なのかという話になります。


これは仮説であり絶対的な見解ではないのですが、今から2000年以上前に天孫降臨の第一波と第二波があり、恐らくイスラエルから来たのではないかと思っています。

当時、イスラエル王国はダビデ家のソロモン王だったのですが、その後イスラエルは崩壊します。

その時、もともと12支族(※注1)あったものが北イスラエル王国と南ユダ(※注2)に分かれました。

そして第一波として先に来たのが北イスラエル王国の10支族「ニギハヤヒ系」で、第二波で後から来たのが南ユダの2支族「ニニギ系」なのではないかという説があります。


※注1:12支族
旧約聖書では、イスラエルは12の支族からなる同族集団であった。
一般にはイスラエルの各支族の起源はきわめて複雑であるため、1つの家族から由来するとは考え難く、他の種族から追放されたりしたものがその中に入り込んだり、そこから追放されたりという変動があったと考えられるが、12という支族数は一定に保たれていた。


※注2:南ユダ
現在のパレスチナ地方にあったユダヤ人の王国(紀元前930年頃~紀元前586年)。
古代ヘブライ王国の分裂後、その南半に生まれた国(南王国)で、北のイスラエル王国と対立した。首都はエルサレム。ユダヤ王国ともいう。




茂木誠
-紀元前660年はどういう状況かと言うと、紀元前722年にアッシリアが攻め込んできて北イスラエルを滅ぼすんですよね。

その段階で北イスラエルの10支族が流浪の民になっているので、それが日本に流れてきた可能性はありますね。


次に紀元前586年のバビロン捕囚(※注3)があって、南ユダ王国を新バビロニアが滅ぼしたということですが、そうすると神武東征の後になるので年代的に合わなくなってくるんですね。

北イスラエルが先に来たというのは、何か根拠があるんですか?


※注3:バビロン捕囚
新バビロニア王国のネブカドネザル2世がユダヤ人をバビロンに捕虜として移住させた事件。
2回行われたが、一般的には第2回の捕囚をさす。
第1回:前597年に行われ、ユダ王国の貴族・祭司・工人たちをバビロンにつれていった。
第2回:エルサレムを攻囲してヤハウェ神殿まで破壊し、紀元前586年人々の大部分をバビロンに移住させた。
この事件はユダヤ人の信仰を堅固なものとし、ユダヤ教成立の大きな転機となった。


ニギハヤヒは多神教的?


羽賀ヒカル
北イスラエルの考え方が多神教的なので、「ニギハヤヒ的思想」と繋がるんです。

南ユダの方が一神教的で、「ニニギ的思想」だというところです。



茂木誠
-ニギハヤヒノミコトが多神教的というのはどういうことですか?

羽賀ヒカル
もともとユダヤ教でも、さまざまなユダヤ教が存在していて「多神教的ユダヤ教」「一神教的ユダヤ教」があり、部族や社会構造がヒエラルキー的なものと球体的なものがあったのではないのかということです。

北イスラエルが多神教的(球体的)な構造で、南ユダが一神教的(ヒエラルキー的)な構造だったのではないのかという意見です。



茂木誠
-日本神話において、ニギハヤヒ神話の方がより多神教的というのはあるんですか?

羽賀ヒカル
北イスラエルが先に日本に来たとして、もともと日本にいたナガスネヒコと融和して仲良くなっているということです。

否定してるわけではないのですが、ニニギノミコトはどちらかと言うと平定・征服していくという違いです。

別に文献があるわけではなので、完全な仮説です。



茂木誠
-なるほど。
では、ヒカルさんは「ニギハヤヒノミコト」と「ナガスネヒコ」は別の部族であったと考えていますか?

羽賀ヒカル
はい、別の部族であったと思います。

ナガスネヒコは、もともとの縄文的土着民族だと思います。

縄文的土着民族と仲良くなって一緒にやっていこうという王朝が存在したのだと仮定しています。



茂木誠
-なるほど、面白いですね。
日本神話で天孫降臨したっていう設定になっているのは、「ニニギノミコト」と「ニギハヤヒノミコト」だけですか?

羽賀ヒカル
天孫降臨という意味で言うと、日本神話の中ではそれだけです。

ただ海外から来た人達が、神となって王朝を築いたのは「ニニギノミコト」と「ニギハヤヒノミコト」以外でもあると思っています。

東北や関東圏でも、それに近い事象というのはあったと思います。


大和王朝以前にも王朝はあった?



茂木誠
-田中英光先生が独特の仮説を立てていらっしゃいました。

縄文時代に鹿島神宮中心の日高見国(ひだかみこく)があり、そこから船で九州に行って神武天皇の王朝を建てて東征したというご見解でした。

これについてはどう思われますか?

羽賀ヒカル
確かに古事記や日本書紀で不自然なのは、そこに人がいないわけではないのに関東のことが全く書かれていないことです。

おそらく古事記が書かれた当時は何か不都合な事実があり、富士山以東のことを消したかったのではないのかというのはあります。



茂木誠
-富士山が出てこないんですよね。

羽賀ヒカル
富士山が出てこないのはおかしいんですよね。

恐らく関東圏にも王朝があったのだと思いますが、記録は消されていると思います。

もしかすると神武東征以前、何らかの王朝の流れがあったのではないかと思っています。



茂木誠
-そうすると、そのさっきの「ユダヤ起源説」と「関東起源説」というのは矛盾するのではないですか?

羽賀ヒカル
海外から何波も来ている中で、「ニニギノミコト」や「ニギハヤヒノミコト」の流れがあったということです。

また、おそらくそれとは別で、中国で力を持った一派である「徐福系」も来ていて、何らかの国を築いていたのではないかとも思っています。

この「徐福系」と「ユダヤ系」も繋がっているという説もあります。


日本というのは、もともと海外からやってきた人たちをより日本人化・神道化していく場の力やエネルギーがあって、それが神道なのではないかと思っています。

茂木先生と対談前にお話していましたが、日本はイタリアンやカレー、ラーメン、韓国料理など色々海外から入ってきても日本的な料理に昇華していくところがあると考えています。


それは民族でも同じであると考えていて、海外から色々な人たちがやって来ては日本的になっていくんですね。

日本語や場の力が中心となり変容させていく力がある土壌だと考えています。


古来から日本が持つ「和する」力



茂木誠
-日本語は未だに言語学的にきちんと定義できないですよね。

文法構造は北方アジア系だし、発音は南方系だし、タミル語(※注4)の単語やサンスクリット語(※注5)も入っていて混ざりあっている。

宗教も同じで色々な宗教が混ざり、なんとなくできてきたのが神道なのです。

その意味では、元々日本はインターナショナルだった。

インターナショナルなのだけれど、それがちゃんと和合できているというところは世界に誇っていいのではないかと思います。


大体どの国でも民族交代の度に、先住民族が虐殺されたり古い宗教が全部抹殺されてきたんですよね。

それが日本ではほぼなかったのです。

※注4:タミル語
南インドのタミル人の言語。


※注5:サンスクリット語
古代インドの言語。


羽賀ヒカル
そうですね。
それは「ニニギノミコト」や「ニギハヤヒノミコト」という暗号化をして何かを残しているのかなとは思います。

羽賀ヒカル
今回は「茂木誠先生とお届けするニギハヤヒノミコト」というテーマでお伝えをさせていただきました。

世界史的な繋がりも補足していただきましてありがとうございました。


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