神社チャンネル

神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、新米巫女の橋本ユリが、
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日本人が知らない聖書の真実 赤塚高仁さん対談2

2021年11月28日

前回の内容はこちら↓
日本とイスラエルが変われば世界は変わる 赤塚高仁さん対談1


あなたの心に灯す、東洋思想及び神道研究家の羽賀ヒカルです。

今回のゲストも聖書漫談師の赤塚高仁さんをお招きし、お届けしていきます。

羽賀ヒカル
どうもよろしくお願いします。



赤塚高仁
よろしくお願いします。

聖書とイスラエルを通して見える日本


羽賀ヒカル
今回のテーマが「日本人が知らない聖書の真実」なんですが、そもそも聖書と言うと、読み辛くて難しそうというイメージを持ってる方も多いと思います。

あとは、ホテルに泊まったら置いてあるものというイメージでしょうか。

聖書は、一体どういう書物なのかを、初めての方のためにお伝え頂けたらと思います。




赤塚高仁
変な話なんですが、僕が聖書の話をしても牧師さんやキリスト教の人だと思わないで下さいね。

僕は、神父さん達の話を実際にはあまり聞いたことないんです。

では、どこで勉強したかと言ったら、現場なんですよ。


物語が起きて聖書が出来たのは、イスラエルという国です。

そして、聖書はイスラエルが生み出した世界最大の発明品ではないかと思っています。

聖書は、世界で最も長く売れてる本です。


旧約聖書が4,000年、新約聖書は2,000年で、多少の誤差はあったとしても、2,600以上の言語に翻訳されてる本は他に類がないでしょ。

どれだけ本が売れているのか分からないくらい、とにかく世界で最も古くから、最も多くの人に読まれてきた本なんですけど、ほぼ日本人は読まないから僕も知りませんでした。

何も知らないので、アーメン・ソーメン・味噌ラーメンと言ってましたからね(笑)


羽賀ヒカル
僕もそうでしたかね。




赤塚高仁
ところが、イスラエルという国に実際に出かけて現場に行ってみると、全然日本と違う景色や考え方にカルチャーショックを受けました。

そこで、僕が聖書とイスラエルを通して見えてきたのが日本だったんです。

聖書に学んだわけではないんですよ。


僕は「あぁそうか、日本人から余りにも離れた全然違う世界にいると、逆に日本が見えてくる」という不思議な体験をしたわけですよ。

それで、聖書の中に何が書いてあるかというと、「まずはじめに、神は天と地とを創造された」

これが旧約聖書の最初の文章です。


だから、はじめに神が天と地とを創造されたことは、「唯一絶対の神がすべて宇宙を作った」というのが、聖書の考え方の元になっています。

全て神様によって作られたものなので、作られたものは拝んではならないという教えから、朝日に手を合わせるのは、これも偶像崇拝になってしまうんだよね。

我々からは想像もできない、考えもよらないことを聖書には書いてある。


一方で、僕たちの古事記は、「高天原のはじまりの時に天地はじまり」と言った。

「天地(あめつち)初めて発りし時ときに、高天原(たかあまはら)に成(な)る神の名は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」

こう書いてあるわけです。

天地のはじまりの時に、高天原に天之御中主神がお成りになったということは、天之御中主神の前に高天原があったということでしょ?

聖書の世界は「神が宇宙を作った」、我々の世界は「宇宙が神様を作った」という発想になっているから、我々は森羅万象、万物全てに神が宿るという世界に生まれているわけです。

僕は、一神教の世界と触れなかったら、この違いに気が付きませんでした。

知恵を得るために読む聖書



赤塚高仁
彼らがなぜ、そんな宗教になっていったのかは、僕はここで話すつもりはないんですけども、僕は聖書を学ぶことで古事記が学べたし、聖書の唯一絶対の神様のことを知らなければ、ユダヤ教から始まったキリスト教も分かりません。

キリスト教が分からなければ、その700年後にできたイスラム教も分からないわけです。

世界の半分が聖書で出来ているんです。

だから、世界の半分を学ぶためには、絶対聖書は読んだ方が良いんですよ。

それは、宗教としてではなくね。


僕の師匠である糸川英夫博士に一番最初にお会いした時に、「この聖書という書物は宗教の本として読んだらダメだよ。人間の知恵の書物だから、時代を超えて今も伝わっている知恵を得なさい」と教えてくれたんです。

だから、僕にとって聖書は宗教の経典というよりも人間物語です。

しかも普遍の話でしょ?

糸川先生から一番最初に聞いたのが「モーセに学ぶリーダーの引き際」という話です。


羽賀ヒカル
どんなお話なんですか?




赤塚高仁
「40年間、何万人というユダヤ人をエジプトから率いて、荒野を導いて、ものすごく長い物語」

これが史上最強のリーダーシップ論だと教えて頂きました。

このリーダーシップ論は、3,000年経っても古くならないし、4,000年経っても使えるものです。

今は新刊がどれだけ出ても、なかなか売れないしね。

しかも次から次へと色々な本が出てくるけれど、「長く続いている本から学びなさい」と言われて、なるほどなと思ったんです。


羽賀ヒカル
なるほど。

リーダーシップ論の原点がまさにモーセにあるということですよね。




赤塚高仁
史上最強のリーダーがモーセで、しかもリーダーのやることは「後継者作り」と「引き際」の2つで、これをモーセから学べます。

後継者作りは、モーセが亡くなった後、ヨシュアという後継者が次にイスラエルに行きました。

約束の地「カナン」にたどり着くために自分は40年さまよったのに、最後は指一本触れずに死んでいるわけですよ。

糸川先生は「この美しい引き際が、なかなか日本の経営者にできません」と言ってらっしゃいました。

聖書の教えと異なるキリスト教


羽賀ヒカル
神社チャンネルでは、明治以降に西洋的な考え方が入ってきてから、日本人らしい「在り方」や「働き方」を失ってしまったのではないか?と発信しています。

私たちは西洋の考え方が、簡単にいうとキリスト教の考え方だと思っているんですね。

一般的に世界で広まっているキリスト教の見直すべき点、「その教えの一部は本来の聖書の教えと違うのではないか?」という部分に関して、いかがお考えでしょうか?




赤塚高仁
ユダヤ人が作っていた聖典を全部パクって「新約聖書」を作った後、「旧約聖書」と呼んでいるでしょ?

史上最強最大の著作権侵害しているんだけど、キリスト教がそんなことしたらダメですよね。


羽賀ヒカル
ユダヤ教を丸パクリですよね。




赤塚高仁
そう、丸パクリ。

しかも「旧約」聖書と名前をつけてます。

ユダヤ人には、新約聖書がもちろんありませんから、旧約聖書もありません。

そもそも、彼らユダヤから起きてきた唯一絶対の神という信仰から始まった、一神教のあり方を持っていくんですけど、自分たちに都合の良いところだけ切り取っているんですよね。


例えば、613の戒律があるんですけど、食べてはならないものがあります。

どんなものかと言うと、「四足で蹄(ひずめ)があって、反芻(はんすう)するものしか食べてはならない」

すると、牛と羊は反芻して四足で蹄が割れているから食べられるけれども、ラクダは反芻しても蹄がないからダメだとか、豚はダメということになります。

でも、それは全て関係なしでしょ。

「水の中にあって、ヒレと鱗のあるものしか食べてはならない」と書いてあるけれど、クリスチャンのアメリカ人はエビも食べるよね。


こういうところを自分たちでアレンジして持って来ているので、本来の神様と繋がった民族の、根っ子の霊的な部分が消えてしまっているような気がします。

特に聖書の中で、まず旧約聖書の中でも「6日間で神が世界を創って、7日目に休みになった」と書いてあるから、一週間は7日になったわけなんですけど、休みの日が一回出来ました。

金曜の日没から土曜の日没までを、「安息日に聖なる日としてそこは労働してはならない」

それをいまだに守り続けているのがユダヤ人です。


もう一つは旧約聖書の中にもう1つ書かれていることで、エデンの園という所に、「知恵の木の実」と「命の木の実」があった。

知恵の木の実は食べたらダメだと神様に言われたのに、イヴが食べて、アダムにも食べさせて神様が怒るという場面があります。

罰として、「女は産みの苦しみ」「男は労働の苦しみ」を与えられたから、彼らはそんな罰になったものはダメなことなので、「労働はずっと下の者がやることだから」といって平気で奴隷を作ります。

奴隷を使う発想も、旧約聖書のそこから来ている罰なんですよ。

だから、一日も早くリタイアをして、仕事をしないのが良い人となります。

誤解されているイエスキリストの姿



赤塚高仁
僕らは違うでしょ?

日本人は、休みは盆と正月ですよ。

それがキリスト教的な西洋文明が入ってきて、ほんの100年ほどでしょ。


羽賀ヒカル
「曜日」という概念が、明治以前はなかったということですね。

また、日曜日は休もうという考えがなかったということですよね。




赤塚高仁
なかった。

土曜日は昼から休みにするのに、ドンッと大砲を鳴らした。

だから、「半ドン」というのが出来て、それから今になってどんどんと休むことが良いみたいになっていってます。

けれど、日本人は「傍(そば)の人が楽して、喜ぶのが幸せだ」ということから、「働く」という言葉もそのような解釈が出来るという、そんな民族でしょ?


羽賀ヒカル
僕は日曜日こそ働いてますからね。




赤塚高仁
私もそうなんです。

日曜日は凄く働いているし、土日が稼ぎ時でございます。

また良かったら、オファー下さい!

講演へ飛んでいきますよ。


羽賀ヒカル
僕らもそういうところがあるんですけれども、そもそも日本人的な働き方として、オン・オフをつけること自体が合ってないということですよね?




赤塚高仁
だって分けられなかったでしょ?

「ずっと人のために生きる。我が事をさて置き、人様に」という生き様の民族ですからね。

それがやはり「我が我が、俺が俺が」という西洋の個人主義を、少し見直したら良い時期に来てるのではないかなと思いますね。


それとイエス・キリストは、キリスト教という宗教に入ってしまった後、西洋人とされてしまっていますね。

彼は、バリバリのユダヤ人ですからね。

30歳まで大工ですよ。

当時、重機・レッカーがないまま、家を石で積むんです。

弱々しく「心の貧しい者は幸いである」

そう唱える人だったら、ボコボコにされてしまうでしょう。


羽賀ヒカル
キリストは、髭があって髪がファサファサっとしていて、少し痩せ型の男性をイメージしますよね。




赤塚高仁
ムリムリ、十字架一本背負うのに60キロあるんだから。


羽賀ヒカル
僕は無理ですね。




赤塚高仁
僕もちょっと難しいよ。

腰を壊していますからね.


羽賀ヒカル
それは無理ですね。




赤塚高仁
そんな男が大勢の人を集めて、マイクもPAもない時に、みんなが聞こえるように話そうと思ったら、ものすごい声量と響く声が必要です。

そうでないと、人はついてきませんし、その話にこんなにも心を打たれないですよ。


マタイによる福音書の5章~7章を全て、「山上の垂訓(すいくん)」というあの有名な1回の講演会の内容を、何も録音が出来ない中で、みんなそれをあそこまで細かく書けるということは、その声が人々の心にむちゃくちゃ刺さっているわけですよ。

もうみんなに響き渡って、まさにイエスが喋ったように書けているわけじゃないですか。

そんな男の人を、やっぱり現地で皆さん感じて欲しいし、そこを宗教の中だけに留めずに、正に「主君のためなら、自分の命を投げ出しても、友のために死ぬ」という侍なんです。


羽賀ヒカル
実際にガリラヤ湖に行かれたんですよね。




赤塚高仁
30回行ってますね。


羽賀ヒカル
30回!?

実際にキリストが山上の垂訓を述べた場所は、どこだとかアレコレ説もあるんでしょうけれども、行かれたんですね。




赤塚高仁
ここが絶対にそうだと、言い切ってはいけないかもしれないけど、15年ぐらい探し回ってここではないかと思う地はあります。

そこは、むちゃくちゃ人が来ていたと思うんですよ。

おそらく、一万人クラスの集会になってたはずなんです。

一万人が集まっていただろうし、イエスの伝道生活のピークですからね。

そこに集まっている人達は、当時「チケットぴあ」はありませんから、全て先着順なんですね。

「皆が順番にバーっと待っているところにイエスが来て、後ろの方にいる人にどうやったら声が届くか?」

それをずっと考えていました。


羽賀ヒカル
一万人って、僕は千人規模くらいはあるんですけど、声が響きやすいホールですら伝わりにくいから、さらに外でやるとそれは相当大変ですよね。




赤塚高仁
僕、パシフィコ横浜の船井フォーラムで、1回トリ前に出させてもらったことがあるんですけど、あれはマイクがなかったらやっぱりどうかな?

声が届かないのではと思います。


羽賀ヒカル
船井フォーラム5,000人収容ですよね。




赤塚高仁
イエスの時代で、彼は外でおそらく一時間は話しますよ。

余程の体力と声量と響き渡る声、話の内容の面白さがなかったら人は聞いてくれませんよ。

つまらなかったら帰りますね。


だから、それがどこなのか?

それを思った時に、毎回毎回不思議に「あっ!?」と、段々と寄せられていって、聖書と現場と合わせていきました。

例えば、イエスは、朝方は船に乗って海から陸の方に喋ってるという場面がすごく多い。

「朝方は」ということは、その時も風に乗せて音を届けてるはずなんです。

だから、朝方は湖から山の方に吹き、そして夕方は逆に風が吹くんです。


ほぼ毎日、集会は人が寄って一万人ぐらい集まる場所、それができる場所はそんなに数がないです。

その場所で、イエスがここに立っただろうなという場所は大体分かったので、3年前に行った時に1万人だったら大体その辺だろうという場所に立ってもらって、多分イエスがこうやって言っただろうというへブライ語でドーンとやってみたら、風に乗って届いたんです。


羽賀ヒカル
イエス・キリストは、何と言ったんですか?




赤塚高仁
それは是非、講演会に来て聞いてくれませんか?

ここはものすごく面白いところです。


羽賀ヒカル
分かりました。

聖書の最初の有名な言葉ですよね。




赤塚高仁
聖書の中では日本語で書いてありますからね。

イエスの大事な言葉で、これはヒントです。

また来てください。


羽賀ヒカル
実際に、イエス・キリストという人物像は結構、誤解されているということですよね。




赤塚高仁
もうこの誤解も、理解の内かもしれませんけども、それは「作られた1人の偶像である」だとは思いますね。

彼もお母さんもユダヤ人ですし、僕はお父さんもいたと思いますからね。

それはさて置いて、間違いなく言えるのは「彼は宗教をつくろうと思ったのではなかった」ということです。

キリスト教はイエスがつくったものではないですから。

「私がキリスト教をやるからおいで」と、もし言っていたらこんな世界になってないでしょう。


羽賀ヒカル
むしろ、当時のユダヤ教に対するアンチの宗教ですよね。




赤塚高仁
あえて言うならば、絶対権力に対してNOと言ったから、吊るされて殺されたんですけど、今はキリスト教にNOと言ったら殺されますからね。

かつて、ジョンレノンが、僕はイエスより有名だと言ってしまったから、ビートルズの不買運動と大バッシングが起きたよね。

だから、彼は宗教なんかいらないって叫んだ。

「神なんかコンセプトだ」と。

すごい勇気があった。


羽賀ヒカル
ジョン・レノンの話は、また次回お伺い出来たらと思います。

今回は「日本人が知らない聖書の真実」ということでお伝えしました。

実際に神社チャンネルでも、この聖書の教えは日本人の元々持っている気質や考え方と、すごく適応するのではないかと思っています。

神道では、「ああすべき、こうすべき」「あれが良い、これが良い」とは言わないんですけど、聖書にはそれが書いてあることで、日本でキリスト教が広がったところとも、すごくリンクするんじゃないのかなとは思っておりますが、イエス・キリストの教えというのも誤解されています。

今こそ、イエス・キリストの真の姿であったり、真の教えを見つめ直すべき時に来てるのではないのかということです。

これは、日本においても、世界においてもそうだと思います。


羽賀ヒカル
今回も良いお話でした。

ありがとうございました。



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