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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

【酒造の神】大山咋神(オオヤマクイノカミ)とは?神話やご利益を紹介

2020年1月11日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

大山咋神(オオヤマイクノカミ)は『古事記』などの日本神話に登場する山の神様です。
(『日本書紀』には大山咋神の名前は出てきません。)

大山咋神はその名の通り山のご神格を持つ神様です。古代において「山」は神様が宿るご神体だと考えられており、山の神様は絶大な存在でした。大山咋神は山の中でも滋賀と京都にまたがる「比叡山(ひえいざん)」を守護する神様だと言われています。

橋本ユリ
今回の記事では、偉大な山の神である大山咋神のご利益や神話について解説をしていきます。


それでは参りましょう!

大山咋神とは

日本神話の中で山の神様は複数登場しますが、大山咋神は少し特殊な存在です。大山咋神の名前を読み解いてみると、

大山=大きな山、偉大な山
咋=杭
神=神様

ということになります。この中で重要なのは「咋=杭」です。大山咋神は単純に山の神というだけでなく「山に杭を打つ神様」だと考えられます。

古代においては、杭を打つことで自身の土地の境界線を示していました。そのため「山に杭を打つ」というのは「山の所有者」であることを表します。

つまり大山咋神とは、山の所有者たる神様だということになります。大山咋神は特に比叡山を守護する神様なので、比叡山を所有する神様は大山咋神ということになりますね。

また、大山咋神と似ている名前の神様で大山津見神(オオヤマツミノカミ)がいます。大山津見神も山を司る神様なので、大山咋神と混合されることが多いのですが、全く別の神様です。

大山咋神は大山津見神の曾孫であるという説が最も有力です。

 

別名

大山咋神は別名を「山末之大主神(ヤマスエノオオヌシノカミ)」といいます。

「末」には「先端」という意味があります。そのため「山末」というのは「山の頂点」という意味であると考えられます。山末之大主神は山の頂点に住まう大いなる神様ということですね。

また、京都の松尾大社という神社で主祭神として祀られていることから「松尾様」と呼ばれることもあります。松尾大社で祀られている大山咋神は「酒造の神様」として、酒類の販売業者からの信仰を集めています。

他には、大山咋神を山王権現(さんのうごんげん)と呼ぶこともありました。山王権現というのは単体の神様を表すものではなく、比叡山の山岳信仰と天台宗が融合した神仏習合(しんぶつしゅうごう)の神様です。

比叡山の守護神は大山咋神とされているため、山王権現には大山咋神も含まれています。天台宗の広がりと共に、山王権現を祀る「山王社」が全国各地に建てられていきました。

しかし、神仏習合の風習は明治時代に廃止され、神社と寺院をはっきりと区別しなければならなくなりました。それに伴い、天台宗の鎮守神としての山王権現は廃止となります。

現代でも残っている山王社は「日吉神社」や「日枝神社」などがあります。いずれも大山咋神を主祭神として祀っています。現代では大山咋神を山王権現と呼ぶことはほとんどありませんが、一部の地域では「山王さま」と呼ばれ親しまれています。

 

ご神格

  • 山の神
  • 比叡山の守護神
  • 天台宗の鎮守神
  • 酒造の神
大山咋神は、山の中でも特に比叡山を守護する神様として知られています。神仏習合が許されていた時代では天台宗の鎮守神としても知られていました。

他には酒造や醸造などのお酒に関するご神格を持つともされています。

 

ご利益

  • 酒造守護
  • 産業繁栄
  • 開運招福
  • 農業守護
  • 商売繁盛
  • 厄除け
  • 方除け
大山咋神のご利益は、祀られている神社によって異なります。例えば京都の松尾大社では、大山咋神は酒造や醸造の神様として信仰されてきました。

比叡山の麓に鎮座する日吉大社では、大山咋神は厄除け・方除けのご利益があるとして信仰されています。

もちろん同じ神様なのでご利益が大きく異なるということはありません。

他には産業や農業などを繁栄させるご利益もあるとされています。

 

大山咋神の神話

古事記における記述

大山咋神は、大年神(オオトシガミ)と天知迦流美豆比売(アメチカルミズヒメ)の間に生まれました。大年神は須佐之男命(スサノオノミコト)と神大市比売(カムオオイチヒメ)の間に生まれた神様ですので、大山咋神はスサノオの孫ということになります。

大年神は「食物の神」という神格を持ちます。大年神は大山咋神の他にも多数の子をもうけています。屋敷の神、農耕の神、土の神…などなど、大年神の子は二十柱以上にも上ります。

そのため、古事記の神話の中では、大山咋神は大年神の子として紹介される程度の登場しかしていません。ただ古事記の中には大山咋神について下記のような記述があります。

”この神は近淡海国(ちかつあはうみのくに)の日枝山(ひえのやま)に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑(なりかぶら)を用つ神なり”

こちらの記述の文言を読み解きます。
  • 近淡海国=近江国。現代でいう滋賀県。
  • 日枝山=現代の比叡山のこと。
  • 葛野の松尾=松尾大社のこと。
  • 鳴鏑=矢の先端に取り付け、放ったときに音がなるようにした器具。鏑矢とも呼ばれる。
比叡山と松尾大社では、古代より大山咋神を祀っています。古事記においても大山咋神は比叡山と松尾大社の守護神だと記述されていたのです。

”鳴鏑を用つ神なり”というのは、「鳴鏑を大山咋神のご神体とする」という意味であると考えられます。

先ほどの古事記の記述を現代語に変換するとこのようになります。

「大山咋神は滋賀県の比叡山に鎮座し、また松尾大社に鎮座し、鳴鏑をご神体とする神様である」

ご神体が鳴鏑であることから、大山咋神は「鳴鏑神(ナリカブラノカミ)」と呼ばれることもあります。

大山咋神は神話で目立った活躍はありませんが、比叡山や松尾大社にとって非常に重要な存在の神様です。

 

建玉依比売命の妊娠

大山咋神には、建玉依比売命(タケタマヨリヒメノミコト)の妊娠にまつわる神話があります。

ある日、タマヨリヒメが葛野の川で洗濯をしていたところ、川の上流より一本の矢が流れてきました。その矢は丹塗り(にぬり)のとても美しい矢でした。

タマヨリヒメは美しい矢を持ち帰り、寝床に飾って毎晩矢を眺めるようになります。すると、タマヨリヒメはいつの間にか妊娠していたのです。タマヨリヒメに夫はいませんでした。

実は、タマヨリヒメが持ち帰った丹塗りの矢の正体は大山咋神だったのです。しかし、妊娠した時点でタマヨリヒメの子供の父親は不明のままでした。

その後、タマヨリヒメは無事に男児を出産します。二人の間にできた子供は賀茂別雷命(カモワケイカヅチノミコト)です。タマヨリヒメの父である賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)は、孫の誕生を盛大に祝いました。

賀茂別雷命が成人した際に賀茂建角身命は祝宴を開き、孫に酒を差し出しました。そして「お前のお父さんだと思う人にもお酒をあげなさい」と言います。そこで賀茂別雷命が酒の入った盃を持ち上げると、たちまち賀茂別雷命は天井を突き抜け天に昇っていったのです。

この時になってようやく、賀茂別雷命の父親が天に住まう神様だということが判明しました。

大山咋神が「酒の神」「鳴鏑の神」だと言われる所以はこの神話にあるのかもしれません。

 

京都を開いた

こちらは京都にまつわる神話です。

京都は古代では「丹波国(たんばのくに)」という名前で呼ばれていました。古代の日本において丹波国はそのほとんどが湖に沈んでいたそうです。

そこで住民の要望を聞いた大山咋神は保津峡を開きました。するとたちまち湖の水が流れていき、丹波国に平地ができたといいます。保津川ができたおかげで京都の南部には潤いがもたらされました。

また、大山咋神が保津峡を開く際に積み上げた土が嵐山になったとされています。

大山咋神は京都の土地を作り上げた神様なのです。

 

大山咋神を祀る神社

松尾大社

松尾大社は京都の嵐山に鎮座しており、古事記にも記述されているほど歴史のある神社です。数多くある京都の神社の中でも最古の神社だと言われています。

松尾のあたりに住んでいた古代の住民が、生活を守護してもらう目的で山の神を祀ったのが始まりだとされています。その時に祀られた山の神というのが大山咋神です。

松尾大社は酒造や醸造へのご利益があるとして、酒類・醤油製造・味噌製造などの販売業者から特に厚い信仰を集めています。境内には「亀の井」という霊泉が湧き出ており、酒造家はこの水をつかって酒を製造していたと言われています。

亀の井から湧き出る水には延命長寿のご利益があるとも伝えられているため、地域の人が家庭用の水として汲みにくることがあるそうです。

他にも御神像が展示されている「神像館」や、松尾大社とお酒の関わりの歴史を展示した「お酒の資料館」など、見どころがたくさんあります。

嵐山は京都の観光スポットなので連日参拝客で賑わっています。京都に訪れた際にはぜひ松尾大社に足を運んでみてくださいね。

住所:〒616-0024 京都府京都市西京区嵐山宮町3
アクセス:阪急電車「松尾大社駅」より徒歩5分

ご祭神:大山咋神、市杵島姫命
ご利益:酒造守護、酒業繁栄、延命長寿、商売繁盛、厄除け

 

日吉大社

日吉大社は滋賀県比叡山の麓に鎮座しています。約2100年前に崇神天皇の命により建設され、全国に点在する日吉・日枝・山王神社の総本社です。

山の中にある神社で、多くの木々に囲まれ自然豊かな雰囲気です。紅葉の名所としても知られており、11月から12月に掛けてが見頃になります。

日吉大社では、大山咋神を含め七柱の神様を祀っています。特に方除けや厄除けのご利益があるとして有名です。

日吉大社の厄除け・方除けの象徴として「神猿(まさる)さん」という猿の姿をした神の使いがいます。比叡山にはもともと多くの猿が生息しており、いつからか厄除けの象徴として扱われるようになったそうです。

神猿という名前には「魔が去る」「勝る」などの意味が込められています。猿の形をした可愛らしいお守りやおみくじなどが販売されていますので、立ち寄られた際はぜひ見て行ってください。

住所:〒520-0113 滋賀県大津市坂本5丁目1−1
アクセス:京阪石山坂本線「坂本比叡山口駅」より徒歩10分

ご祭神:大山咋神、大山咋神荒魂、大己貴神、田心姫神、菊理姫神、鴨玉依姫神、鴨玉依姫神荒魂
ご利益:厄除け、方除け、縁結び、家内安全、夫婦和合、商売繁盛

 

日枝神社

全国各地に点在する日枝神社の中でも、今回は東京・赤坂に鎮座する日枝神社を紹介していきます。日枝神社は、比叡山の日吉大社より勧請を受けた神社の一つです。

明治より以前は「日吉山王社」「日吉山王大権現社」と称されており、地域では「山王さん」と呼ばれ親しまれてきました。江戸時代には江戸城の鎮守として徳川家に厚く信仰されていたそうです。

その影響からか、日枝神社は「皇城の鎮」と称しており、出世や商売繁盛などのご利益があるとされています。そのため経営者やビジネスマンの参拝が多くなっています。

日枝神社には、日吉大社とおなじく猿の形をした「まさる守」などが販売されています。他に大山咋神のご神体である矢を模した「子授矢」や、ひよこの刺繍がされた「こども守」など子供に関する授与品も販売されています。

日吉大社より勧請を受けた日枝神社は全国各地にありますので、東京が遠い場合はお近くの日枝神社へお参りに行ってみてくださいね。

住所:〒100-0014 東京都千代田区永田町2丁目10番5号
アクセス:地下鉄千代田線「赤坂駅」より徒歩3分

ご祭神:大山咋神、国常立神、伊弉冉神、足仲彦尊
ご利益:産業繁栄、厄除け、安産、縁結び、商売繁盛、社運隆昌、出世開運

 

まとめ

大山咋神について紹介させてもらいましたが、いかがでしたでしょうか?神話で目立った活躍をする神様ではないですが、名前の意味や古事記のちょっとした記述を読み解いてみるのも面白いですよね。

比叡山の日吉大社に勧請を受けた日吉・日枝・山王神社は全国に約3,800社もあります。天台宗の広がりと共に山王権現を祀る山王社が広がっていったのがきっかけですが、古代において山岳信仰がいかに重要視されていたかが分かります。

日吉・日枝・山王神社は大山咋神を主祭神として祀っているところがほとんどです。身近なところに大山咋神を祀っている神社があるかもしれないので、気になったら一度探してみてくださいね。

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