この社会への違和感に負けないための空海の教え②違和感社会の生き方~川嶋&西野
お盆企画特別ライブ、今回はゆにわ塾講師の川嶋政輝(かわしままさき)と西野ゆきひろです。
前回、「この社会への違和感に負けないための空海の教え①社会の現状~川嶋&西野」の続きのお話しです。
1200年前の人、空海を学ぶ
【川嶋政輝】
今回は、空海をテーマにしているんですけど、「なぜ今の時代に1200年も前の人のことを学ぶ価値があるのか?」というお話をしたいと思います。
おかざき真里さんの『阿吽(あうん)』という漫画をまだ読んだことがないという方は是非読んでみて頂きたいです。
かなり良い漫画で、漫画としても面白いし、絵がすごくキレイで、漫画のページ割の描き方がすごく斬新で、漫画業界の中でも天才だと言われています。
『阿吽』は最澄と空海の物語であり、師匠・北極老人が最近おっしゃっていたことが「特に読むべきは、最澄も空海もまだ有名になる前、悟る前の葛藤していた時期」なんです。
その時の葛藤がものすごく上手に描かれているんですよ。
日本や世界で、当時と今とがすごく関連してるところがあります。
最澄と空海は平安時代初期の日本に、いわば仏教の新しい流れをもたらした人たちですよね。
仏教は最澄・空海よりもっと以前から入ってきてはいたんだけど、当時の仏教は今の仏教と全然イメージが違うもので、そこには学問も建築も芸術も、社会の法律を作る考え方など全てが含まれている総合的な学問であり、知識人が僧侶という立ち位置なんですね。
当時、中国など大陸の方では、国際的な社会が営まれていて、日本がついていくためには、その人たちの考えを取り込まないと遅れちゃうよねという状況でした。
今では「グローバリズム」と言われますけど、もっと海外に合わせていかないと日本だけ取り残されてしまうという考え方ですね。
今も外国からの影響が大いにあって、当時は様々な考え方とすごく向き合っていました。
色々と入ってくる考えを、日本にそのまま入れ込んでしまったら、もともと日本人が持っていた、古き良きところ・考えが、全て上塗りされて崩れさってしまう危機感があったのです。
「人との関わりがどんどんなくなっていく時代の中で、どのように戦っていったら良いのか?」というヒントが「最澄・空海の教え」にあるとのことで、今まさにテーマなんです。
【西野ゆきひろ】
やっぱり最澄さんや空海さんは、当時の仏教が形骸化されていて、贅沢している僧侶たちもいて、「これは何かおかしいよな」と感じていたんですね。
違和感を感じていた僧侶は、空海さんと最澄さんだけではなく、多くの僧が思っていたんじゃないでしょうか?
ただ、そこに立ち向かおうと本気で志したのが最澄さんと空海さんで、「これは、違うやろう!」と声を挙げました。
その時はスゴイ葛藤があっただろうし、悩んだだろうし、上手くいかなかったこともあったと思うんですけど、そういうところを感じてみましょう。
その後、完成された所だけ見るのではなくて、戦って向き合っていた所を見ていくと、本当に自分にとって今必要なものや大事なものを教えてもらえるんじゃないでしょうか?
【川嶋政輝】
そうなんですよ。
弘法大師空海は「密教」という当時の中国で最先端だった仏教の流派を日本に持ち込みました。
「密教とは何か?」と言ったら、メチャクチャ難しいし、分からないんですよね。
そりゃそうですよね。
空海自身が三ヶ国語をマスターして、10代で色々な経典を読み、24歳くらいで一番最初に書いた本が「聾瞽指帰(ろうこしいき)」です。(のちに「三教指帰(さんごうしいき」と改めました)
そこには儒教と道教と仏教の関係性がストーリー仕立てで書かれていて、これを20代で書けるのは、天才すぎるし、筆も上手いし、文章も上手だし、話術も巧みだったのです。
空海は中国に渡り、恵果阿闍梨(けいかあじゃり)という密教を唯一受け継いでいた師匠から認められ、「お前のような弟子を待っていたんだ」と言われて、密教を日本に持って帰ってくるわけですよね。
その天才である空海が一生涯かけて突き詰めても、ある意味分からなかったものが、密教なんですよ。
だから、密教を勉強するのはとてつもない道なんです。
では、「なぜ密教が奥深いか?」と言うと、密教は「人の持つ無意識の力の使いこなし方」を突き詰めた教え・学問だからです。
そして、学問でありつつ、実践なんですね。
だから、密教はヨーガなど「体感を通して悟りを開いていくこと」「新しい感覚を目覚めさせていくこと」にすごく繋がっているから、いわゆる読経する仏教とはかなりイメージが違うんです。
今回は密教を深めていった上で高野山にお参りをするとのことで、空海の真髄に迫っていきます。
空海が教えた心の10ステージ
【西野ゆきひろ】
空海さんの一番有名な書物が『十住心論(じゅうじゅうしんろん)』ですね。
【川嶋政輝】
先ほどのSNSの話でも、いくら正論を説いても、やっぱり人間が心の中で無意識で思っていることがあります。
例えば、西野さんはYouTubeをやっているのでよく分かると思いますが、ウケるネタは決まっているじゃないですか?
よくネット上で言われるのは「エロいもの」「グロイもの」「ホラー系」で、人の注意を引くのは刺激的なものなんですよね
これを昔は週刊誌がやってましたね。
「ある芸能人が浮気・不倫していた」「賄賂・贈収賄だ」といった下世話なネタを好む人たちは、世代が変わってもずっと居続けるわけです。
でも、そこには人間の興味があります。
人の不幸を喜んでしまう自分がいる、人より自分が上に立ちたいと思う、誰かを蹴落とした時にちょっと優越感に浸っている自分がいるなどがあったりします。
でも、そのような自分に対して、「こんな自分は嫌だな、美しくないな」と思っている自分も同時に存在します。
色んなステージの自分が心の中にはいるけれども、その中のどこに感覚を合わせていくのか?
放っておくと、人間は低いところに合ってしまうわけですよ。
自堕落になっていくし、自分の欲求に流されて、誰のためにもならない時間・エネルギーの使い方をしてしまうことがあるんです。
だから、心のステージを空海は『十住心論(じゅうじゅうしんろん)』で表したんですよね。
心には十の住処(すみか)があって、各ステージについて説いている教えなんです。
特にここに書かせてもらったのは、一個目と二個目なんですよね。
・異生羝羊心(いしょうていようしん) ~煩悩にまみれた心
・愚童持斎心(ぐどうじさいしん) ~道徳の目覚め・儒教的境地
それぞれの説明を読んだ時に、今生きている全人類の中で、空海が言われた下二つのステージを超えている人は結構少ないんじゃないかと思うんですよね。
【西野ゆきひろ】
一番下に「羊」と書いてありますが、キリスト教にもよく象徴的に使われている家畜で、毛を刈られたり、アッチコッチに動かされています。
僕たちの中にも、動物的な一番低いステージもあることを伝えていますね。
【川嶋政輝】
十住心論を分かりやすく解説している本が『秘蔵宝鑰(ひぞうほうろん)』で、その中に有名な空海の名言があります。
生まれ 生まれ 生まれ 生まれて 生の始めに暗く
死に 死に 死に 死んで 生の終わりに暗し
これは「十住心論(じゅうじゅうしんろん)」に書かれている、一番下の「異生羝羊心(いしょうていようしん)」の人のことです。
何回も生まれてきているはずなのに、自分がなぜ生まれてきたのかも分からない、別にそれを望んだわけでもない、この父母からなぜ生まれてきたのだろうという答えが、どこまで行っても出ないのです。
それが欲しくても「何のために生きていくのか?」という一本の軸みたいなものがありません。
でも、それに気づきながらもごまかして、「まあ今楽しめたら良いや」と刹那的に楽しんで生きる人たちもいます。
もしくは、もう諦めてしまって、
「どうせ、世の中は辛いことばっかりだし」
「どうせ人間なんか信用できないんだし」
「どうせ、これってそういうもんだよね」
そういった理屈付けをして、自分の人生が輝いていない、生きる柱を見つけられない、言い訳をするように生きている人たちです。
結局、そうやって生きて死を迎えた時には「死の終わりに暗し」で、「この人生でやりたかったことは結局何だったのか?」となり、また生まれてくることを、どこまでもグルグルやっているところから始まるんです。
その状態がまさに「異生羝羊心(いしょうていようしん)」で、そんな生まれてきた意味が分からない時も、やはり何かを見つけたいんですよ。
その時に虚しかったり、寂しかったりする気持ちと向き合いたくないから、欲の方に逃げちゃいます。
その段階をまず超えていけというのが「異生羝羊心(いしょうていようしん)」の中に示されていて、そこから「愚童持斎心(ぐどうじさいしん)」に進んでいけよと言っているのです。
「人のために何かやってみようかな?」という気持ちが芽生えてくるのが、「愚童持斎心(ぐどうじさいしん)」で、羊から童という漢字になり、ここから人間の始まりといった名付け方です。
この辺が、空海の優れたキャッチコピーのセンスを感じます。
【西野ゆきひろ】
一説には「空海はマーケティングが上手だった」という言われ方をしますが、それだけ本当に伝えたいという思いが強かったんだろうなと思います。
10ステージがあるのも「人間なんてそんなものだ」と決めつけるよりも、「誰の心の中にも、良い自分もいるんだよ」と分かって目覚めなさいというメッセージを伝えているような気にさせてくれます。
違和感ある社会をどう生きるか?
【川嶋政輝】
世の中のメディアの情報は、下世話なもの、つまりちょっと動物的な深く考えなくて良いようなものばかりあって、無意識にぼーっと見てしまった時、何か奪われていたり、自分を取られていた気持ちになります。
【西野ゆきひろ】
YouTubeで大食いの動画がウケるというじゃないですか?
僕は「あれを見て、人生何になるんだろう?」と思っちゃうんです。
確かに「その時間、生命エネルギーを全て奪われているのに気づかないの?」というくらい、ただ動物のように食べているだけですよね。
やっぱり、そういうところに感応してしまうと、抜け出せなくなってしまうと思うんです。
自分がどこの自分の意識に合わせていくかがポイントになってくるんだと思います。
【川嶋政輝】
今日の最初の話に戻ると、自分の無意識は「なんとなく判断していること」に現れるわけですね。
スマホを開いて、パッと「この動画が楽しそう」と選んでいる時にも、理由があるというより、無意識に選ばされていることが多いと思うんです。
だから、人生の8~9割は、無意識に選ばされていることによって成り立ってるはずなんですよ。
だから、民主主義と言っても、自分の人生すら意識的に選んでいない人の方が実は多いから機能しないわけですよね。
欲望の民主主義になったら意味がないわけで、そもそも「人間のあり方」、「一人ひとりが欲望の世界とどう向き合っていくのか?」という根本の問題がすごく大事です。
社会の仕組みや政治の世界や法律が変わったりしても、もとの人間の心が変わらなければ、世の中はやはり欲望の方に引っ張られるわけなんですね。
だから、私たちのゆにわの活動としては、「活躍されている政治家の方に頑張って欲しいな」という気持ちはもちろんあります。
同時に、やっぱり一人一人の心の在り方や現実との向き合い方が一番大事なんだということを説いているわけです。
そういう意味で、今回の弘法大師空海の教えを学ぶことで、まず自分の心と向き合いましょう。
自分の中にも各ステージが絶対あるはずで、僕の中にも西野さんにも「異生羝羊心(いしょうていようしん)」も「愚童持斎心(ぐどうじさいしん)」もあるわけです。
一番上は「秘密荘厳心(ひみつそうごんしん)」と言いますが、1から10まで全部入っています。
でも、やっぱり体験したところがないステージは、なかなか自分では行けないわけですね。
だから、教え導いてくれる人との出会いがすごく大事なわけで、僕たちの場合でしたら、師匠・北極老人です。
先生に出会わなかったら、きっと空海の書や阿吽の漫画を読んだとしても、感じ方がやっぱり全然違うと思うんですよね。
でも、それを北極老人の言葉や感覚を通してみた時に、初めて分かること、感じられることがあります。
今回はまだ、私たちも実際に高野山にお参りする段階で、どういったお話をお伝えすることになるかは、本当にこれからまだまだ紐解かれていくところなんですけどね。
「本当に空海が目指した所を、自分も実際に体感として学びに行こう」というのが、今回のテーマですね。
【西野ゆきひろ】
今の世の中、どうしても体験したような感覚に陥って終わってしまいます。
これでは人生は何も変わりませんし、問題と向き合っていないのです。
例えば、「寂しいな、何か違う気がするな、でもとりあえず今ドラマ見ておこう」と、仮想的なものに現実逃避をして、寂しさが一時的にまぎれたと思っても、根本解決はしていません。
本当に必要なものは、あらゆる専門家も言っている、体験を通して自分の体を使って、その時の空気感を味わっていかないと分かったつもりになるだけで、自分のためにならないと思うんですよ。
そういう意味で、皆さんが僕らと一緒に9月の高野山へ行く時には、ただ行くだけではなく、
「空海は当時どういう思いだったのか?」
「何を伝えたかったか?」
「どういう葛藤を抱えていたのか?」
「どういう努力をしていたのか?」
を知ってから参拝しましょう。
空海さんは確かに天才かもしれないけれど、やっぱり見えないところで努力をたくさんしていると思うので、そういう感覚に触れていきましょう。
高野山に行った時、仲間と一緒に、そういった感覚やストーリーを共有する気持ちで参拝して頂けたら良いなと思いますね。
【川嶋政輝】
そうですね。
今日のお話を聞いて、ちょっと勉強してみようかなと興味を持たれた方は、まず『阿吽』の漫画をまだお読みでなかったなら、これを読むところから始めて頂いたら、とても分かりやすいですね。
コメントで、「空海さんは修験道とは違いますが、似てますね?」とありましたが、修験道は山で修行することによって超能力に近い霊的能力を目覚めさせるものです。
空海よりも70~80年前に日本にいた役小角(えんのおずね)から始まった、宗教というより自然崇拝に近いものです。
似ているのは本当で、空海ももともと修験道と同じように山で修行してた時期があり、謎の期間が結構多いんです。
若い時も、唐に渡って帰ってきて1~2年くらいも、謎の空白期間があって、「九州で山巡りをしてたんじゃないか?」という説を唱えている方も多くいます。
最澄が開いた比叡山も山ですけど、高野山も山じゃないですか?
やっぱり山の中で修行をすることにすごく意味があって、日本の神社でも山が御神体、山自体が神様というところは多いです。
今回、私たちは高野山にお参りするんですけど、同時に高野山を聖地として祀っている「丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)」も両方セットでお参りするんですよ。
それはもともと、弘法大師空海自身が丹生都比売神(にうつひめのかみ)を祀る社を建ててから、高野山のお寺を建てているので、両方の角度で見ないと分からないんですよね。
だから、その辺も一緒に学んでいけたらなと思いますね。
丹生都比売神社に祀られている神様をコチラで解説しています↓
空海を天才に導いた神様の秘密
【西野ゆきひろ】
僕も本当に楽しみで、歴史的な偉人は結果だけを見ていたら、「彼だからできたんでしょう」「あの人は天才だったからね」と片づけられてしまうことが多いです。
でも、実はそういった偉人たちも裏ですごく努力をしていて、「こういう葛藤があったんだ」「こういう出会いがあったんだ」といったところに触れて行くからこそ、「自分も頑張ろう」「自分も立ち上がるぞ」と思えるし、そこからエネルギー頂けるんですよね。
【川嶋政輝】
だから、そこは早送りじゃダメなんですよ!
感情移入できないですから、まとめ動画じゃ分かんないんですよ!
北極老人が一番最初に読んだ本が「トムソーヤの冒険」で、二冊目に読んだ本がノーベル賞で有名なノーベルの伝記だったそうです。
北極老人は、小学校まで本を読むのが実はめっちゃくちゃ苦手だったみたいです。
今や万巻の書を一体何冊読んでいるんだというぐらい、北極老人の書庫には本が図書館みたいに並んでいます。
ただ、小学校の時は全然、本を読めなかったのです。
一冊読み通すのが大変だった中で、ノーベルの伝記を読んだ時に、ものすごくノーベルの感覚が入ってきて、本を通してノーベルと出会ったのだとおっしゃっています。
本を読む意味は、情報を仕入れるためでなくて、著者との出会いのためにあるんだとのことです。
そういう楽しみ方をメディアにしろ、本にしろ、関わり方を改めて見直さないといけないのかなと感じますね。
そうでなければ、もうコンテンツの一個一個が、消費物になっちゃうんですよね。
それは心の栄養にならないので、改めてそういう向き合い方も、大事にして頂けたら良いなと思いますね。
【西野ゆきひろ】
今回もやっぱり、そういう風になかなか一般的には見られないような弘法大師空海とある意味、出会いにいきます。
「そういう参拝になったら良いな」という気持ちや姿勢で僕も行こうと思うので楽しみです。
【川嶋政輝】
今日はお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
高野山が近づいてきたら、またライブ企画やるかもしれませんが、その時も是非ご覧いただけたらと思います。
今日はこの辺りで終わります。
長時間どうもありがとうございました。
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この記事をまとめた人
- 神社チャンネルのメインキャラクター。北極神社の新米巫女。2017年、神社参拝セミナーで羽賀ヒカルと出会い、日本人の良さと伝統を伝えていきたい!という思いから、この神社チャンネルサイトが始まりました。(という設定です。)
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