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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

【吉備津彦命】桃太郎のモチーフとなった温羅伝説とは?

2019年11月8日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

吉備津彦命(キビツヒコノミコト)は、日本昔話『桃太郎』のモデルになったとされる神様です。

歴史書によると吉備津彦命は日本の皇族の一人でした。

桃太郎といえば岡山県というイメージがあるかと思います。名産品としてきびだんごが販売されていたり、街中に桃太郎の石像が立っていたり、岡山県の観光には桃太郎関連のものが挙げられることが多いです。

橋本ユリ
それが何故なのかというと、桃太郎のモデルとなった吉備津彦命が岡山県の吉備を平定するにあたり鬼を討ち取ったという伝承が残されているからなのです。つまり吉備津彦命は岡山県で活躍した神様なんですね。


それでは、桃太郎のモデルになったとされる吉備津彦命の伝承に迫っていきます。

それでは参りましょう!

吉備津彦命とは

吉備津彦命は『古事記』や『日本書紀』などの歴史書に登場する神様です。また日本の第七代天皇である孝霊天皇(こうれいてんのう)と妃の倭国香媛(やまとのくにかひめ)の間にできた子でもあります。

吉備津彦命は天皇の跡継ぎではなく、将軍という立ち位置でした。

ある時、吉備津彦命は第十代天皇の崇神天皇(すじんてんのう)の命により吉備国(きびのくに)へ派遣されることになります。

『日本書紀』によると崇神天皇が派遣の命を出したのは吉備津彦命を含め四人です。
  • 吉備津彦命:西道(吉備国)
  • 武渟川別(たけぬなかわわけ):東海
  • 大彦命(おおひこのみこと):北陸
  • 丹波道主命(たんばのみちぬしのみこと):丹波国
これら全員を合わせ「四道将軍(しどうしょうぐん)」と呼ばれています。四道将軍は全員が皇族生まれの将軍でした。

吉備国へ派遣された吉備津彦命は、吉備を平定させるため温羅(うら/おんら)という鬼を討ち取ります。

橋本ユリ
この伝説が桃太郎のモチーフになったと言われています。


 

別名

吉備津彦命は日本書紀と古事記それぞれ違う名前で呼ばれていました。

『日本書紀』
本来の名前:彦五十狭芹彦命(ヒコヒイサセリヒコノミコト)
別の名前:吉備津彦命(キビツヒコノミコト)

『古事記』
本来の名前:比古伊佐勢理毘古命(ヒコヒイサセリヒコノミコト)
別の名前:大吉備津日子命(オオキビツヒコノミコト)

有名な「キビツヒコ」は別名で、本来の名前は「ヒコイサセリヒコ」というのがどちらにも共通しています。

温羅を討ち取り吉備国を平定したため、後に「吉備津彦」を名乗ったのではないかと考えられています。

他にもキビツヒコのことを「吉備都彦」と表記することもあります。

 

ご神格

吉備津彦命のご神格は「軍神」です。

吉備国へ派遣され見事鬼を討ち取った将軍であることから、戦いの神・軍神として信仰されました。

 

ご利益

  • 延命長寿
  • 病気平癒
  • 子育て守護
  • 家内安全
  • 産業興隆
  • 厄除け
  • 必勝祈願
鬼を討ち取った伝説から健康や厄除け、必勝、守護に関するご利益があるとされています。

 

実在したのか?

吉備津彦命が日本で実在した人物なのかということは、はっきりとは分かっていません。どちらかというと伝説上の人物だったというのが一般的な考え方です。

しかし吉備津彦命の伝承地となっている岡山県には、吉備津彦命が実在したと思わせる場所がいくつか残っています。

 

・大吉備津彦命墓(おおきびつひこのみことのはか)

こちらは岡山県岡山市北区吉備津にあるお墓です。正式な遺跡名は「中山茶臼山古墳(なかやまちゃうすやまこふん)」です。

管内庁は中山茶臼山古墳を吉備津彦命の陵墓に治定しています。

 

・吉備津神社

大吉備津彦大神を主祭神として祀る神社であり、かまどの下に鬼の首が埋められているという伝承が残されています。

社伝によれば、吉備津彦命の五代目の孫である加夜臣奈留美命(カヤオミナルミ)が吉備津彦命を祀るために社殿を造ったとされています。

また、仁徳天皇が吉備国へ行幸した際に吉備津彦命の功績を聞き、称えるために社殿を創建したという説もあります。

 

・矢喰宮(やぐいのみや)

吉備津彦命が射た矢と温羅の投げた岩がぶつかり落ちた場所だという言い伝えが残っている神社です。

境内には温羅が投げたとされる矢喰岩が四つ残されています。

 

・血吸川(ちすいがわ)

恐ろしげな名前ですが、岡山県総社市に実際にある川の名前です。

温羅伝説において吉備津彦命が射た矢が温羅の目に命中し、流れ出た血で真っ赤に染まったという言い伝えが残されています。

このように岡山には吉備津彦命の伝承地が数々残されています。

ただ、吉備津彦命は281歳まで生きたと言われており、そのような人間離れした伝承がいくつも残されているため、やはり伝説上の人物だという側面が強いのかもしれません。

 

吉備津彦命の伝説

温羅伝説

その昔、吉備国は温羅という鬼に支配されていました。

温羅は異国より空を飛んで吉備国に渡ってきたとされており、身分は百済の皇子だそうです。しかしその容貌は恐ろしいものでした。髪は赤く燃え盛り、身長は4メートルを超え、目には狼のような獰猛さを宿していたのです。

また温羅は途轍もなく強い腕力を持っており性格は凶悪で、力の弱い女や子供を次から次へとさらい好き放題に暴れていました。

恐れおののいた人々は温羅の城へ近付くことすら適わず、都へ出向いて助けを求めました。そこで武勇の名将である吉備津彦命が派遣されることになったのです。

吉備津彦命は都より大軍を率いて吉備の中山に本陣を構え、石の盾を築いて戦いに備えました。そして一本ずつ矢を放つのですが、吉備津彦命の射た矢と温羅が投げた岩はことごとくぶつかり海に落ちてしまいます。

そこで吉備津彦命は矢を二本同時に放ちます。すると一本は海に落ち、もう一本は温羅の左目に命中しました。

致命的な傷を負った温羅はこれでは負けてしまうと思い、咄嗟に雉に姿を変え山中に逃げますが、吉備津彦命は鷹に姿を変えて追いかけます。

さらに温羅は鯉に姿を変え川に逃げ込みますが吉備津彦命は鵜(ウ)に姿を変えて追いかけ、とうとう温羅を捕えました。

そして吉備津彦命は温羅の首を切り落とし、無事に討伐に成功したのです。

しかし、切り落とされてなお温羅の首には生気が宿っており、目を見開いては唸り声を上げ続けたといいます。

不気味に思った人々から相談された吉備津彦命は、温羅の首を犬に喰わせ骸骨にしましたがそれでも声は鳴りやみませんでした。

次に吉備津宮の釜殿の地中深くに首を埋めるのですが、それでも声が鳴りやむことはなく、吉備津彦命は打つ手が無くなり困り果ててしまいます。

そんなある日、吉備津彦命の夢の中に温羅が現れ「我が妻の阿曽媛(あそひめ)に神饌(しんせん)を炊かせよ」と告げます。

お告げの通りに吉備津彦命が神事を行うと唸り声はおさまりました。こうして吉備国の地にようやく平和が訪れたのです。

吉備津彦命が行った神事は「鳴釜神事(なるかましんじ)」という名で、吉備津神社で今現在も特殊神事として執り行われています。

 

お供の犬・猿・雉は?

桃太郎といえばきびだんごを腰につけ、お供に犬と猿と雉を連れて鬼をこらしめるというお話ですよね。

しかし先ほどの温羅伝説では、吉備津彦命はきびだんごを持っていませんし、お供を連れているというよりは軍を率いて温羅を討ち取ったという話になっています。

では桃太郎における犬・猿・雉は一体何に由来しているのでしょうか?実はこれについては諸説あります。

 

①鬼門説

古来より鬼門は鬼の出入りする方位として恐れられてきました。鬼門の方位に位置する十二支は丑と寅です。鬼といえば大きな角にトラ柄のパンツを履いていると表現されることが多いですが、「鬼の角=丑の角」「トラ柄のパンツ=寅の模様」を示していると考えられます。、

そして鬼門とは対となる方位である「裏鬼門」に位置する十二支は猿・鳥・犬です。

裏鬼門は鬼門に対抗することのできる方位とされているため、鬼を封じるという意味を込め猿・雉・犬を選んだのではないかと言われています。

 

②家来説

吉備津彦命にはとある三人の家来がいました。

・犬飼部犬飼健命(いぬかいべのいぬかいたけるのみこと)
・猿飼部楽々森彦命(さるかいべのささきもりひこ)
・鳥飼部留玉臣(とりかいべのとめたまおみ)

それぞれ犬・猿・鳥という名前がついていることから、この三人の家来がお供のモデルになったのではないかという説です。

 

温羅の正体

温羅伝説によると、温羅は悪逆非道で暴虐の限りを尽くし、討伐されるべき「悪者」として描かれています。

しかし一説では、吉備国に製鉄技術をもたらし繁栄の手伝いをした渡来人であるという見方もあるのです。実際、吉備国は刀鍛冶が栄えていることで有名でした。

温羅の本当の正体は分かっていませんが、悪鬼だったというのはもしかしたら伝承の中だけの話なのかもしれません。

 

卑弥呼と姉弟説

吉備津彦命の姉に倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)という皇女がいます。

ヤマトトトヒモモソヒメは、国中が災害に見舞われていた際、八百万の神々を集めて占いをしました。すると大物主神(おおものぬしのかみ)がヤマトトトヒモモソヒメに神懸かり、ご神託をしたという伝説があります。

つまりヤマトトトヒモモソヒメは巫女のような存在だったのです。このことから「卑弥呼と同一人物なのではないか?」という説があります。

この説が本当であれば吉備津彦命は卑弥呼の弟ということになりますね。

 

吉備津彦命に関連する神社

吉備津神社

吉備津神社は吉備津彦信仰の総本社であり、吉備津彦命が温羅を討伐する際に本陣を構えたとされる場所に建っています。

伝承に基づいた鳴釜神事は、釜の鳴る音で祈願したことが叶うかどうかを占います。

吉備津神社では大吉備津彦大神を主祭神として祀っていますが、相殿神として吉備津彦命の一族の神々を祀っています。
  • 御友別命(ミトモワケノミコト)
  • 仲彦命(ナカツヒコノミコト)
  • 千々速比売命(チチハヤヒメノミコト)
  • 倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)
  • 日子刺肩別命(ヒコサスカタワケノミコト)
  • 倭迹迹日稚屋媛命(ヤマトトトヒワカヤヒメノミコト)
  • 彦寤間命(ヒコサメマノミコト)
  • 若日子建吉備津日子命(ワカヒコタケキビツヒコノミコト)
吉備津神社の本殿と拝殿は国宝に指定されているほど立派なものなので、機会があればぜひお参りに行ってくださいね。

桃太郎をモチーフにした御朱印帳も人気なので、御朱印巡りをしている人は要チェックです。

住所:〒701-1341 岡山県岡山市北区吉備津931
アクセス:JR吉備津駅から徒歩で10分
御祭神:大吉備津彦大神
御利益:病気平癒、家内安全、交通安全、厄災消除、縁結び、安産、学業成就、必勝祈願

 

吉備津彦神社

吉備津彦神社は別称で「朝日の宮神社」と呼ばれ、夏至の日の出では正面鳥居の真正面から太陽が昇ることで有名です。

山の中に建つ荘厳な雰囲気のある神社です。本殿は重要文化財に指定されています。

吉備津彦神社の末社には「温羅神社」という温羅の安らかな御霊を祀るお社も建てられていますので、ぜひ合わせてお参りに行ってみてください。

こちらでは桃をモチーフにした可愛らしい御朱印帳が売られています。

住所:〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043
アクセス:JR一宮駅から徒歩で3分
御祭神:大吉備津彦命
御利益:家内安全、厄除け、商売繁盛、交通安全、安産

 

鯉喰神社

こちらは岡山県倉敷市にある神社です。

社名の由来は鯉に化けて逃げた温羅を、吉備津彦命が鵜に化けて喰らったという伝説から来ています。

村人たちが吉備津彦命の功績を祀るためにこの神社を創建したと言われています。

住所:〒701-0105 岡山県倉敷市矢部109-1
アクセス:岡山総社ICから車で10分
御祭神:夜目山主命、夜目麻呂命、狭田安是彦、千田宇根彦
御利益:厄除け、地域守護

 

吉備津彦神社(尾道)

広島県尾道市にある吉備津彦神社は「一宮神社」ともいい、地域では「いっきゅうさん」と呼ばれ親しまれています。

毎年11月になると「ベッチャー祭り」という病魔退散のお祭りが行われます。鬼や天狗の面をつけた氏子に「祝棒」で叩かれるとご利益があるとされ、毎年地元を賑わせています。

住所:〒722-0033 広島県尾道市東土堂町9
アクセス:JR尾道駅から徒歩で10分
御祭神:大吉備津彦命
御利益:子宝、無病息災、病魔退散、学業成就

 

艮御崎神社(うしとらおんざきじんじゃ)

温羅の胴体を埋葬したという言い伝えが残されている神社です。

岡山県の各地に分布されているので、時間があれば全部お参りに回ってみるのも面白いかと思います。

住所:〒701-1214 岡山県岡山市辛川市場160
アクセス:JR備前一宮駅から徒歩で10分
御祭神:吉備津彦命、温羅命
御利益:厄除け、安産、無病息災

 

まとめ

桃太郎のモチーフとなった吉備津彦命について紹介させてもらいました。

橋本ユリ
桃太郎は日本で知らない人がいないほど有名な昔話ですが、モデルとなった温羅伝説は知らない人も多かったのではないでしょうか?


温羅伝説と桃太郎の共通点や、桃太郎が成り立った由来などぜひ独自に考察してみてください。

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