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神道専門家の羽賀ヒカル監修のもと、架空のキャラクターの
新米巫女の橋本ユリが、神社に関する知識をわかりやすく解説します。

【古事記】実は知られていない古事記に登場する神様!

2019年11月2日

こんにちは!北極神社の新米巫女、橋本ユリです。

橋本ユリ
『古事記』と聞いて皆さんはどのようなイメージを浮かべるでしょうか?『とても古い書物』、『日本神話が描かれている』など古事記について調べたことがない限り端的にしかイメージが湧かないのではないでしょうか?


古事記は一体いつの時代に編纂され、誰の命で誰の手により作成されたのでしょうか?なぜ日本神話が描かれ、日本最古の書にも関わらず現代まで語り継がれ、皆に知られているのでしょうか?そして『古事記』とセットのようにある『日本書紀』も同じように日本神話が描かれていますが、古事記と日本書紀の違いはどういったものなのか、見ていきましょう。

それでは参りましょう!

古事記とは

古事記は日本に残るもっとも古い書物であり、はるか神代から歴史時代がしるされました。その成立はおおよそ次のようになされたと記されています。

今から千二百五十年ほど前の帝、天武天皇(てんむてんのう)が皇室や主な家系の伝承の乱れをただそうとされ、その勅命によって作成の準備が始まりました。まず稗田阿礼(ひえだのあれ)という語部(かたりべ)、すなわち古い言い伝えを語り継ぐ人がそのころにはまだ存在していたとされています。『帝紀(ていき)』や『旧辞(きゅうじ)』などの記録をもとに神代以来の様々な伝えをしっかりと覚え、語り整えてゆきました。

『帝紀(ていき)』とは天皇の系譜を記したものであり、『旧辞(きゅうじ)』とは神話や伝承、歌謡を記したものです。
そして二十数年後の元明天皇(げんめいてんのう)の御世に、その稗田阿礼(ひえだのあれ)の物語ることを太安万侶(おおのやすまろ)という文官が、工夫を凝らした古代文に表し、和銅五年(西暦七一二)に、上中下の三巻として完成させたのでした。

その八年後に勅撰の歴史書『日本書紀』が完成しており、『古事記』と『日本書紀』を総称して『記紀』と呼びます。

しかし古事記の原本は残っておらず、現存するものでもっとも古いのは十四世紀(西暦絵1301年から1400年の間のこと)に作られた写本です。
注意しなければならない点はいずれも時の権力者により編纂が命じられていることから権力者達が自らを天に住む神々の末裔とすることで、支配を正当化する目的が両書にはふくまれているのです。

 

古事記神話

『古事記』の上巻に記されている、神々の物語はどのようなあらすじなのか紹介していきます。

物語は高天原(たかまがはら)【高天原(たかまがはら)とは天上界のことです】に次々と神が出現して、最後に現れたイザナギ神、イザナミ神が結婚します。この二柱が大八島(おおやしま)【日本列島のこと】と様々な神を生むことからはじまります。そしてイザナミ神が亡くなった妻を追って黄泉の国を訪れ、アマテラス大御神とスサノオ命が生まれるとこの二柱が物語の主人公に変わります。

橋本ユリ
この二柱の物語は天の岩戸隠れやヤマタノオロチ退治といった有名なエピソードが多いのでその内容を知っている人も多いでしょう。


続いて、主人公となるのはスサノオ命子孫、オオクニヌシ神です。この神様の物語は、有名な因幡(いなば)の白兎のエピソードからはじまり、兄弟の争いを制して国づくりを進めますが、天津神と葦原中津神(出雲)の支配権をめぐる争いが起こり、オオクニヌシ神が支配権を譲渡したところで終わります。

オオクニヌシ神かた支配権を得たアマテラス大御神は自分の孫にあたるニニギ命を地上に天降らせました。高千穂に宮を築いたニニギ命は結婚して、三柱の御子をもうけます。そして、物語は二柱の御子による海幸彦(うみさちひこ)別名(ホデリ命)のエピソードに移り、最後にカムヤマトイワレビコ命(のちの神武天皇)が誕生します。

ここで上巻は終わり、中巻はカムヤマトイワレビコ命が東征(とうせい)によって大和を征服し、初代天皇に即位することからはじまり、以降は天皇の事績について語られていきます。

 

古事記に登場する神様たち

『古事記』に伝えられる世界の始まりはまず最初に三柱の神様が現れます。

「世界が天地に分かれた時、高天原(たかまがはら)にアメノミナカヌシ神、タカムスビ神、カミムスビ神が独神(ひとりかみ)として現れ身を隠した」と記されています。

日本の神話は、『聖書』のような「神様が最初に現れてすべてを作った」とする神話とは異なり、天地が自然にできたとするのが大きな特徴の一つでもあります。
また独神(ひとりかみ)とは、夫婦ではない単独の神様のことを指しています。つまり単独で現れて隠れただけであり、特にこの三柱の神々が何かをしたわけではありません。しかしこの三柱の神様は『造化三神』と呼ばれ、姿は見えませんが、世界を形作る根源的な力を持つ特別な存在なのです。

次にまだ国土が固まっていないとき、葦の芽が伸びるような力からウマシアシカビヒコヂ神、アメノトコタチ神の二柱が現れたといいます。この二柱の神様もまた独神(ひとりかみ)でありすぐに身を隠してしまいました。

ここまで現れた五柱の神様は『別天津神(ことあまつかみ)』と呼ばれ、特別な存在とされていますが、今後神話に関わってくるのは、タカムスビ神、カミムスビ神の二柱のみなのです。

『別天津神』の五柱のあと、続いて現れたのがクニノトコタチ神、トヨクモ神です。この二柱も独神ですぐに姿を隠したとだけ記されています。次に登場するウヒヂニ神とスヒヂニ神は男女ペアの神様で、ここではじめて神様に『性別』が生まれました。続いて、ツヌグイ神とイクグイ神、オオトノヂ神とオオトノベ神、オモダル神とアヤカシコネ神の男女ペアが次々と現れ、最後にイザナギ神、イザナミ神が現れます。

このクニノトコタチ神からイザナミ神までの神々を『神代七代』(かみよななよ)といい、徐々に男女の違いが明確になっていく過程を表しているといいます。つまり、最後に現れたイザナギ神が完全な男性、イザナミ神が完全な女性というわけなのです。こうして、性別がはっきりしたこのペアは結婚して夫婦になり、日本列島や様々な神々を生み、日本の国土を形作っていくのです。

 

国生み

イザナギ神とイザナミ神は、「この漂っている国土を整えて固めよ」という命令を受け、天沼矛(あめのぬぼこ)を与えられます。そこでこの二柱の神様は、天浮橋(あめのうきはし)という地上を見下ろせる場所に立って、天沼矛(あめのぬぼこ)を海水に差し込み「コオロコオロ」と掻きまわして引きあげました。すると、天沼矛(あめのぬぼこ)から滴り落ちた塩が積み重なって島ができました。この最初の島を『淤能碁呂島』(おのごろじま)といいます。

二柱は淤能碁呂島(おのごろじま)に降り立ち、天之御柱(あめのみはしら)という高い柱を立て、さらに八尋殿(やひろどの)を建てました。そこで二柱は「天之御柱をまわって会い交わろう」と約束をしてから柱をまわり、出会ったところでイザナミ神から「なんて素敵な男性なのでしょう」と声をかけ交わりました。

こうして生まれたのが、ヒルコとアワシマ(淡島)の二柱ですが、どちらも身体が未完成の子どもだったので、葦の船に乗せて流してしまいます。

未完成の子どもが生まれた二柱は相談して天津神を訪ね、何がいけなかったのか占ってもらいました。すると「女性が先に誘ったのが良くない、男性から誘うように」という御神託を得たので、今度はイザナギ神が「なんて素敵な女性なんだろう」と声をかけ、正しい交わりが行われました。

正式な交わりのあと、イザナミ神は最初に『淡道之穂之狭別島』(あわじのほのさわけのしま)を生みます。

次に生れたのは、身体は一つで顔が四つある『伊予之二名島』(いよのふたなのしま)です。

四つの顔はそれぞれ愛比売(えひめ)【伊予国】、飯依比古(いひよりひこ)【讃岐国】、大宜都比売(おおげつひめ)【粟国】、建依別(たけよりわけ)【土佐国】といいます。

つぎに隠伎之三子島(おきのみつごのしま)、続いて筑紫島(つくしのしま)を生みました。この島も身体が一つで顔が四つあり、それぞれ白日別(ひらひわけ)【筑紫国】、豊日別(とよひわけ)【豊国】、建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよじひねわけ)【肥国】、建日別(たけひわけ)【熊襲国】といいます。

さらに、伊岐島(いきのしま)、津島(つしま)、佐渡島(さどのしま)、大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)を生み、日本の主要な島々が揃いました。日本列島を構成するこの八島は、大八島国と呼ばれています。

 

大八島国に次いで生まれた六つの島々

大八島を生んだイザナミ神は、さらに吉備児島(きびのこじま)、小豆島(しょうどしま)、大島(おおしま)、女島(めしま)、知訶島(ちかのしま)、両児島(ふたごしま)の六つの島を生み、計四十の島々の誕生をもって国生みは終わりました。

橋本ユリ
これで日本列島が完成するのですが、生まれた島々が西日本に固まっているのが一目瞭然です。


これは、『古事記』が書かれた当時、東日本には勢力が及ばず地理が良く分かっていなかったこと、北海道は存在自体が知られていなかったことを物語っています。

 

神生み

国生みを終えた、イザナギ神、イザナミ神は、今度は神々を生みはじめます。

最初にオオコトオシ神(大事忍男神)が生まれ、続いて家の神である六柱の神々(カタク六神)、海の神、河口の神、風の神、木の神、山の神、野の神が次々と生まれました。

古くから日本人は、あらゆる自然や自然現象、物体には神様が宿っていると考え、いわゆる「八百万の神々」を信じていました。これは、『古事記』が記された時代も同様で、こうした自然を司る神々の登場は、生まれたばかりで荒れ地だった日本列島に、自然の神が宿ることで海が生まれて河ができ、木々や草花におおわれた緑豊かな大地が作られていったことを表しているのです。

こうして自然の神々の後に、船の神、食物の神を生んだイザナミ神は、次に火の神を生みますがこの出産によってやけどを負い病にかかり、伏せってしまうのです。

火の神ヒノカグツチ神の出産でやけどを負ったイザナミ神は、病に苦しんで吐いたが、その吐しゃ物からはカナヤマビコ神、カナヤマビメ神という鉱物の神様が生まれました。また同じように大便からはハニヤスビコ神、ハニヤスビメ神という土の神様、尿からは水の神ミツハノメ神と穀物の神ワクムスビ神が現れています。またワクムスビ神からは、トヨウケビメ神という子が生まれました。

こうして、イザナミ神は十四の島と三十五柱の神々(ヒルコ神、アワシマ神は除く)を生みましたが、病によって死んでしまい、黄泉の国へ去っていくのでした。

 

黄泉の国

イザナギ神は、死んでしまったイザナミ神を連れ帰るために、黄泉の国を訪れました。

ところが、イザナミ神はすでに黄泉の国の食べ物を口にしており(黄泉戸喫(よもつぐへい))、黄泉の国の住人となってしまっていました。イザナミ神は「私を見てはなりません」と言って、相談の為に御殿に入って行きましたが、イザナギ神は我慢が出来ずに後を追います。するとそこには蛆がたかり、ヤクサノイカヅチ神がまとわりつく変わり果てた妻の姿がありました。

これに驚き怖くなったイザナギ神は逃げ出しましたが、怒ったイザナミ神はヨモツシコメに追いかけさせ、これをイザナギ神が撃退すると、今度はヤクサノイカヅチ神に1500もの黄泉の軍勢を従わせて追いかけさせました。イザナギ神が、桃を三つ投げつけてこれも撃退すると、最後にイザナミ神自身が追いかけてきました。

そこでイザナギ神は千引石(ちびきのいわ)を黄泉比良坂(よもつひらさか)に据えて入口を塞ぎ、イザナミ神に絶縁を言い渡しました。するとイザナミ神は「あなたの国の人々を一日に千人絞殺しましょう」と言い、イザナギ神は「私は一日に千五百の産屋を立てよう」と言い返しました。

こうして地上の人々は一日に千人が死に、一日に千五百人が生まれるようになったのだといいます。

 

次々に誕生する神様

黄泉の国から逃げ帰ったイザナギ神は、「恐ろしい穢れた国を訪れたので、禊をすべきだろう」と言って、筑紫日向(つくしのひむか)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐原(あわきはら)を訪れて禊祓をはじめました。

まずは身に着けていたものを次々に投げ捨てましたが、そこから十二柱の神々が現れました。

次に「上の瀬は流れが速い、下の瀬は流れが弱い」と言って中の瀬に沈み潜って身をすすぎました、すると黄泉の国の穢れから二柱のマガツヒ神が現れ、さらに、そのマガ(禍、災いのこと)を直そうと二柱のナオビ神とイズノメが現れました。

次に水の底ですすぐとソコワタツミ神、ソコツツノオ神中層ですすぐとナカワタツミ神、ナカツツノオ神、水面ですすぐとウワワタツミ神、ウワツツノオ神がそれぞれ現れました。

この三柱のワタツミ神をワタツミ三神、三柱のツツノオ神をスミヨシ三神と呼び、それぞれ志賀海神社、住吉大社の主祭神なのです。

 

特別な神様の誕生

イザナギ神は禊祓を続け、今度は左の目を洗いました。するとアマテラス大御神が現れます。次に右の目を洗うとツクヨミ命、鼻を洗うとスサノオ命が現れ、これでようやく黄泉の穢れは祓われました。

イザナギ神が身をすすぐことによって現れた十四柱の神々のうち、最後に現れたこの三柱は特別に貴い神様なので『三貴子(みはしらのうずのみこ)』と呼ばれています。この三貴子の誕生をもって、イザナギ神、イザナミ神は役目を終えて神話の主人公はアマテラス大御神とスサノオ命に移ります。そして新たな物語がはじまるのです。

 

古事記の作者

古事記は和銅五年一月二十八日に元明天皇(げんめいてんのう)へ献上されました。

編纂したのは太安万侶(おおのやすまろ)と稗田阿礼(ひえだのあれ)です。

太安万侶(おおのやすまろ)は『古事記』を撰録した奈良時代の官人です。和銅四年(七一一)九月に元明天皇(げんめいてんのう)の勅命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)と共同して『古事記』に取り掛かります。日本語の表現を基調にして文章をまとめ、和銅五年(七十二)正月に提出しました。序文などをみても、この時代の傑出した文章家であり、『日本書紀』の編修にも加わったと考えられています。昭和五四年(1979)に奈良市で墓と墓誌が見つかっています。

『古事記』編纂の立役者である稗田阿礼(ひえだのあれ)も天武天皇(てんむてんのう)の勅命ににより、著述された原古事記を誦習したときは二十八歳、聡明で文章を一度見ただけで節をつけて読み、それを忘れなかったと『古事記』の序文にしるされています。姓からして猿女君(さるめ)に属して誦いた人物であり、身分は舎人と記されているので男であろうと考えられています。

 

古事記と日本書紀の違いとは?

『古事記』と『日本書紀』の大きな違いは記述方法です。

『古事記』が天地の始まりから物語形式で綴られていくのに対して、『日本書紀』は年代順に起こった出来事を淡々と記録しています。また『古事記』には異説や異聞は記されず物語は一本道で進みますが、『日本書紀』には、「一書には」ではじまる異説、異聞が記されています。

『古事記』は上中下の三巻構成となっており、上巻が神々の物語である神話、中巻以降は歴代の天皇の事績が記されています。

 

まとめ

古事記の編纂や、内容について少しでも知ることが出来たでしょうか?神話の内容も大変興味深いですが、編纂した太安万侶(おおのやすまろ)と稗田阿礼(ひえだのあれ)がいかに優秀な人物だったか知ることができたでしょう。

イザナギ神とイザナミ神により日本列島が形成され、列島だけではなく多くの神々も生み、その中に有名なアマテラス大御神、ツクヨミ命、スサノオ命の三貴子(みはしらのうずのみこ)も誕生しました。しかし、三貴子(みはしらのうずのみこ)以外の神様達の誕生の様子もとても不思議で興味深いと言えるでしょう。

橋本ユリ
日本は八百万の神々がいらっしゃいますが、一番最初に現れたアメノミナカヌシ神からはじまりここでは書ききれない多くの神様が日本列島、または人々の生活を守ってくれています。そのことに気づき、日ごろから感謝の気持ちを持って生活していけるといいですね。

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