日本が誇る世界最古の文明・縄文文明 ゲスト:小名木善行
あなたの心に火を灯す、東洋思想及び神道研究家の羽賀ヒカルです。
今回のゲストは、むすび大学でおなじみの国史啓蒙家・小名木善行先生です.
どうぞよろしくお願いします。
縄文時代は、世界最古の文明
【羽賀ヒカル】
今回、小名木先生の最新刊は「縄文文明」です。
神社チャンネルでも、日本の力というのは、縄文から脈々と続く歴史・伝統・精神文化で、例えば日本語や神道も、縄文から連綿と続く精神であると思っています。
しかし、「世界四大文明」という言葉はありますが、「縄文文明」という言葉はなじみがないです。
日本の縄文時代はかなり古い歴史があることを、小名木先生に深掘りして頂きたいのですが、こちらはどういった書籍なんですか?
【小名木善行】
「縄文時代」という時代区分がありますが、その時代に様々な高度な文化遺産があるのは、縄文式土器や土偶で有名ですよね。
これらは、縄文時代になって忽然と始まったのかというと、実はその前の時代からずっと積み上げられてきたものがあって、それがなんと現代にまで続いているというのがこの本の趣旨になります。
【羽賀ヒカル】
日本の歴史の教科書では、縄文時代より前の時代を、先土器時代や旧石器時代と言っています。
その頃から日本に文明文化はあったんですか?
【小名木善行】
ありました。
そもそも縄文時代や弥生時代という時代区分自体が始まったのが、戦後の話なんですね。
戦前までは縄文時代・弥生時代という時代区分がなくて、縄文式土器・弥生式土器という名前しかなかったんです。
縄文式土器・弥生式土器も明治の初めにやっと発見されたことになっており、それまではそもそも縄文・弥生も存在していません。
では、日本の歴史がどうなっていたのかというと、紀元前660年頃に神武天皇が日本という国を創建されて、そして現在に至っているのです。
【羽賀ヒカル】
神武天皇よりも前の時代は神世であって、神々の時代であり、人間以前の時代ですね。
【小名木善行】
だから、日本の歴史はどんなに頑張って遡っても、せいぜい3千年ぐらいまでしかないと言われていたのです。
これが戦後考古学の発達によって、実は日本にはもっと古い時代があり、「縄文時代」という名前がついたのです。
この時代がいつから始まったのかというと、だいたい3千年前ぐらいから始まったんじゃないかと思っていたら、とんでもない話で、今から1万7千年前に始まっていたことが分かってきました。
これで完全に世界最古の文明となってしまう訳ですね。
だから、考古学的な発見がされればされるほど、日本の歴史がどんどん古くなっているのが今の状況なんです。
例えば、縄文時代は、土器と石器ぐらいしかなかっただろうと思っていたら、なんと縄文時代には既に稲作が始まっていて、さらに青銅器がすでに作られていました。
弥生時代になりますと、最近の研究では、3千年前からすでに鉄器が作られていたことまで、実際に遺跡が発見されていますから、今まで考えられていた日本の歴史が全然違うと分かってきたのです。
色々と分かってきたことはあるんですが、なかなか今の国内事情があって言えないんですね。
【羽賀ヒカル】
それはどういった事情ですか?
【小名木善行】
「近隣諸国条項」というものがあります。
これはつまり、日本の歴史は、中国・韓国に配慮して、語らなければならないということです。
【羽賀ヒカル】
それは変な話ですね。
【小名木善行】
だから、「日本で1万6千5百年前の土器が発見された」となると、発見された土器はどう考えても世界一古いんですが、「世界一古い土器です」と言ったらいけないんですね。
「日本に1万6千5百年前の土器が発見された」と発表すると、「中国では、1万8千年前の土器が発見された」と発表する訳ですね。
それによって、わが国では「中国から渡来した土器の技術が日本で初めて広まったんだ」という書き方をするのです。
しかし、日本の土器は、1万6千5百年前のものがあるんですけども、中国における1万8千年前の土器があるのかと言うと、彼らは「ある」と言うんですね。
「では、一緒に共同研究しましょう。見せて下さいね」言うと、「それは紛失しました」という話で、何だかよく分からない状況があります。
縄文文明は「武器を持たない」
【羽賀ヒカル】
縄文文明は何がスゴイんですか?
【小名木善行】
何よりも1番スゴイと言えるのは「武器を持たない文明」でした。
文明と文化の違いは、「文化」は人々が織りなすもので、「文明」はもともと英語の概念で「城塞都市」のことです。
つまり、「都市が出来上がって、初めて文明になる」としています。
しかし、これは西洋・ユーラシア大陸における「文明」の概念であって、彼らは城塞都市を築いて、人々はお城の塀の内側で暮らすのです。
農地はお城の外側にあり、あくまでもそこまで行って耕すだけの話で、人々の居住空間は敵に滅ぼされないように必ず高い塀で囲む文化があります。
日本の場合はそういった文化自体がないのです。
田舎の農村に行ったら分かりますけど、農村部が城塞で囲まれていることなんてことはないですよね。
日本にはお城がありますが、そのお城にしても、そこに入るのは武士たちだけであって、周囲のいわゆる民間人や農家の方々全員がお城の外で普通に暮らしています。
そういう意味では西洋・ユーラシア大陸の文明の概念と、わが国の文明の概念はやっぱり違いがあるのです。
我が国では、人々が集落を営んでいる段階で、既に「文明」という言い方をして良いのではないでしょうか?
そういう意味で「縄文時代」ではなく、もはや我が国では「縄文文明」と主張をすべきだというのが、この本のタイトルの意味になります。
【羽賀ヒカル】
まさに島国で平和だからこそできた文化文明であって、今世界が目指すべき1つの理想像が、実はすでに縄文時代にあったと考えています。
縄文以前からの優れた航海術
【小名木善行】
縄文以前から解き明かしたのには、実は理由があります。
縄文時代の遺跡にある縄文式土器がエクアドル・北米・カナダでも発見されているのです。
なんとアフリカからも発見されていて、「これはどうなってるのか?」という話になるじゃないですか?
実は、我が国日本はユーラシア大陸の端にあると、皆さんは思い込んでいらっしゃいませんか?
日本という国は、沖縄諸島・日本列島・北方領土があって、この辺りだけが日本だと認識しておられる方も多いと思います。
これらが日本になったのは、実は7世紀からの話で、それ以前は海の上を1年行った先の所も、魏志倭人伝に書かれているのです。
3世紀の日本はどこまで広がっていたかというと、海の上を1年ずっと行った先の南米エクアドル・ペルーの方のことを「裸国(らこく)・黒歯国(こくしこく)」という言い方をしていますし、「裸国・黒歯国は、皆倭種なり」と書かれています。
実は文献としてまだ出てきていないんですが、ペルーに住むインディオたちの神話には「我々はもともと日本からやってきたのだ」という伝説があるのです。
【羽賀ヒカル】
つまり、縄文文明はものすごく広がっていたんですね。
【小名木善行】
よく「ムー大陸は太平洋上にあった」という言い方をします。
でも、カタカムナの言葉で「ム」は、広がりのことを言うんですね。
現代人は、ムー大陸が実際の大陸だったと言っていますが、太平洋のど真ん中に巨大な大陸があったとは考えにくいですよね。
痕跡となるものが何もないし、むしろ「広大な海域に広がっていた文明」ということで、まさに「ムー文明」言われるようなものを想定した方が、事実に即しているのではないかと言えるでしょう。
さらに縄文時代の始まりが1万7千年前になりますが、それよりももっと古い時代の「遺物」が日本から発見されています。
伊豆諸島の神津島(こうづじま)でしか取れない黒曜石が、なんと沼津や長野で発見されているのです。
3万8千年前のものが、地層から発見されたことは非常に重要な事実なのです。
縄文時代よりずっと古い時代に、我々の祖先は伊豆半島の先から神津島まで、海上57キロを船で往復することができたということです。
この間にある海はものすごく潮の流れが速いところで、仮に丸太に捕まって泳いで、神津島まで行くことができたとしても、帰りに石を積んで帰ってくることはできないでしょう。
つまり、非常に波が荒く、潮の流れが激しい外海を船で航海する外洋航海術が、なんと3万8千年前の日本にあったということなのです。
3万8千年前にあったものが、1万7千年前から始まる縄文時代になくなっている訳がありません。
更に言うと、西暦200年代(3世紀)に、我々日本人の祖先が広大な海域を自由に往来する文化を持っていなかったことにならない訳です。
現実問題として、日本海沿いに対馬海流がずっと北へ上がってきて、リマン海流が大陸沿いに流れています。
我々の祖先が日本海で航海すると、潮がぐるぐる回ってるんです。
船に乗って、ウラジオストックの方で貿易をしていたことも記録上で明らかになっています。
更に、倭人たちがフィリピン方面の東南アジアに行ったり、あるいは遠くインドまで行ったことは現実的に記録としても残っています。
例えば、奈良の大仏の開眼供養の時には、遠くインドから位の高いお坊さんが招かれてやってきています。
それは航海術があったということなのです。
一万年前の地図
【小名木善行】
従来、我々が教わってきた日本列島だけに絞った思考だけでは考えが及ばないし、もう少し古い時代から、文明を考えていかなければならないのではないでしょうか?
さらに縄文時代の真っ只中の1万年間を考えると、今度は逆に海面が上がってきます。
今、我々が日本の一部と認識している日本列島地図の平野部は、実は全て海でした。
地形図もGoogleマップで見れるんですが、薄い緑色の場所がもともと陸地だったところで、白い場所は全て海の底だったんです。
【羽賀ヒカル】
埼玉などはほとんど海ですね。
映画『天気の子』で「もともと海だった場所は、海に帰ってくんだよ」といったメッセージがありましたよね。
【小名木善行】
名古屋や大阪の周辺も全て海でした。
記録上も明らかになっていますが、大阪の真ん中にある大阪城は南側から人差し指を立てたような形の半島の先に作ったお城で、西側は全て海だったのです。
【羽賀ヒカル】
大阪には住吉大社がありますが、西側は完全に海だったという話で、海を神様として拝む神社です。
かなりの土地が海ですよね。
【小名木善行】
現代の地形で縄文時代、あるいは縄文以前の時代を考えてはいけないということになってきます。
そういった現代のまったく異なる地形を前提として、海洋民族としての倭人たちがどういった暮らしをしていたんでしょうか?
今、発見されている様々な資料や事実に基づいて改めて考えてみると、これはもう「世界最古の文明」としか言いようがないといったことを私の本で書いています。
DNAで分かる海洋民族「倭人」の移動
【小名木善行】
さらにDNAなどで色々と分析すると、見えてくることがありました。
もともと人類は10万年前の「ミトコンドリアイブ」がアフリカの中央部にいて、そこから人類が始まったと言われています。
しかし、DNAを調べていくと、日本の方が実はミトコンドリアイブよりも古い時代に人が住んでいたこともあり得ますよね。
【羽賀ヒカル】
アフリカ発ではなくて、日本発のDNAがあったという可能性もあるということですね。
【小名木善行】
改めて我々日本人や日本という国の成り立ちを再定義してみる必要がありますね。
さらに面白いのはこれです。
グリーランドはメルカトル図法で見ると広く見えるので、地球儀で見たらこんなに広大な地域ではないですが、実はデンマーク領なんですね。
デンマークはヨーロッパにある小さな国と皆さんは思っているでしょうが、デンマークはグリーンランドがあるので、すごく大きい国なんです。
グリーンランドに住んでいる人々は、実は日本人と顔立ちも全く同じなのだそうです。
ネットで、グリーンランド人と検索して頂くと、現地の人の顔がたくさん出てきますから、写真を見るとびっくりしますよ!
どこからどう見ても日本人にそっくりです。
しかも、我々と同じDNAを持っているのです。
日本から相当な距離が離れていますが、グリーンランドまで倭人たちが進出していたのはスゴイですよね。
【羽賀ヒカル】
日本の古文献にも、世界各地に渡っていった話が残っています。
【小名木善行】
さらにDNAを見ていきますと、日本人のDNAと沿岸部の中国人や韓国人のDNAが全然違うと分かります。
更に、これよりももっと南方の東南アジアの人たちは「マラリア抗体遺伝子」を持っているから、ジャングルの中で生活していても彼らはマラリアに罹ることがありません。
マラリア菌が体内に入ってきても、全て撃退できるんですよね。
日本人がマラリア抗体遺伝子を持ってないことは、東南アジア人とはDNAが別ということですね。
日本人と同じようなDNAを持った人は中国の奥地の方やバイカル湖周辺一帯にいます 。
つまり、もともと倭人たちが大陸の方に渡っていって生活をしていたのです。
だから、同じ血を持っている人たちがいました。
ところが外国人によって侵略されて、多くの倭人たちが殺されていきます。
このままでは自分たちは生きていくことができないから、チャイナの山岳地帯の方に逃げていった人たちがいたのです。
これが今、少数民族として生き残っていていて、誰がどう見ても顔つき見たら日本人そのもので、服装も縄文時代の服装そのものなんです。
さらに、北方のバイカル湖のほとりやシベリア方面にいる人たちも、まるっきり日本人です。
日本人とDNAも同じなんです。
これは縄文時代と関係なくなってきますが、もしかすると源義経の時代に多くの東北地方の人々が大陸へ渡っていって、繁栄していった可能性が見えてくるんです。
日本人と同じDNAを持った人たちが、このように世界に散らばっているのは面白い傾向ですね。
少し真面目に掘り下げてみると、我々日本人は今まで思ってもみなかった、考えられないほど古くて長い歴史を持っています。
そして、その古くて長い歴史が1度も途絶えることなく、現代にまで続いてきているのです。
それによって、我々日本人の精神性が築かれていることが見えてきます。
そのことをせっかく日本人に生まれて、知らないままで一生終わったら、もったいないですよね。
【羽賀ヒカル】
全然違う国の人が来て滅ぼされたり、言語を書き換えられたり、乗っ取られたことがありませんでした。
日本の国を守ることはどういうことなのかを考えていくべき時で、本当にうかうかしていると危ない時代の流れはありますよね。
【小名木善行】
例えば、武道も同じです。
武道も途中で滅ぼされてしまうと、どんなに強い武術が作られていたとしても、国が滅ぼされてしまったら、武術を学んでいる人たちは強くておっかないですから、この人たち全員が皆殺しになってしまうし、武術も途中で絶えてしまいます。
これは世界中のどこの国も同じなのです。
日本だけは武道が絶えることなく、タケミカヅチの国の時代から、ずっと現代にまで繋がっています。
だから、「中国武術」なんて言い方をする、本当に不思議な動きがありますが、もしかすると中国武術も、日本からチャイナへ逆に渡っていったものかもしれないことが分かってきます。
【羽賀ヒカル】
ありがとうございました。
今回は「縄文文明」ということで、世界とのつながりについて、小名木先生からお話しして頂きました。
今こそ日本人の特性を大事にしながら、日本伝統文化を守っていくという時に来ていると思います。
小名木先生、どうもありがとうございました。
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この記事をまとめた人
- ゆにわ塾歴7年、ライター歴2年で、普段はメーカーで人材教育・採用の仕事をやってます。ゆにわに出会って人生観が大きく変わったので、記事を読んで下さる方々にも、ゆにわの皆さんからいただいた「あたたかみ」をお届けしたいです。
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