【重要!】イキイキとした人生を過ごすには?|浜崎洋介さん
こんにちは、北極神社の新米巫女、橋本ユリです。
突然ですが、あなたは毎日をイキイキと過ごせていますか?
なんとなく日々をこなしている感覚があったり、「自分は何のために生きているんだろう」とふと虚しくなったり。
そんな経験、ありませんか?
わたしも正直、そういう時期がありました。
何かを頑張っているはずなのに、心がどこか空回りしているような。
今回は、文芸批評家の浜崎洋介さんをお招きして、「イキイキとした人生を過ごすには?」というテーマでお話を伺いました。
先にお答えすると、イキイキと生きるためには「パンよりも魂を選ぶ」という決断の積み重ねと、それを支えてくれる人間関係、そして信仰心のようなものが必要なんです。
ちょっと抽象的に聞こえるかもしれませんね。
でも、浜崎さんのお話を聞いていくと、「ああ、そういうことか」と腑に落ちる瞬間がきっとあると思います。
それでは参りましょう!
「パンより魂を選ぶ」とはどういうことか
浜崎さんが大切にされている言葉に、福田恆存さんのこんな言葉があるそうです。
浜崎洋介さん
「人はパンのみにして生きるにあらず」と悟れば有名である。そう悟らなければ、パンさえ手に入らなくなる。
これ、ちょっと不思議な言い回しですよね。
でも、浜崎さんはこう解説してくださいました。
「パン」というのは、目先の利益や損得のこと。
「魂」というのは、自分の美学や信念のこと。
たとえば、誰かがいじめられているのを見たとき。
「自分もいじめられたくないから黙っておこう」と思うのは、パンを取っている状態。
「それでも見て見ぬふりはできない」と行動するのは、魂を取っている状態。
人生の分岐点で、51対49くらいの微妙な選択を迫られることって、たくさんありますよね。
その時に、何度「魂」の方を選んできたか。
浜崎さんは、その積み重ねが自信になり、生き生きとした姿勢につながっていくとおっしゃっていました。
でも、ここで大事なポイントがあります。
魂を選び続けられたのは、自分一人の力じゃなかったということ。
浜崎洋介さん
なんでそこで魂が取れたのかってもう一度問い返すと、おそらく友人がいたでしょう。あるいは家族がいたでしょう。師匠がいたでしょう。利害得失を超えて応援してくれる人に支えられていたからこそ、その文脈を裏切るわけにはいかなかった。
損得を超えて自分を支えてくれる存在がいるから、人は美学を貫ける。
そして、その美学を貫いて生きているから、生命はイキイキと輝く。
なんだか、すごく納得しませんか?
日本人の美学「粋」の構造とは
浜崎さんは、日本人の美学について、九鬼周造という哲学者の『「いき」の構造』という本を引用しながら、とても興味深いお話をしてくださいました。
「粋(いき)」というのは、単なるカッコよさではないんです。
三つの態度がぐるぐると回り続けている状態なんだそうです。
- 媚態(びたい):他者に対して礼儀を示すこと。世俗的な付き合い。
- 意気地(いきじ):「ここは譲れない」という一線を持つこと。武士道的な精神。
- 諦念(ていねん):執着を手放し、どこか突き放して眺めること。仏教的な境地。
この三つのどれか一つに居着いてしまうと、「野暮」になってしまう。
たとえば、媚態だけだと、ただの八方美人になってしまいます。
意気地だけだと、「俺は絶対に譲らない!」という自己絶対化に陥ります。
諦念だけだと、「どうせ何やっても無駄だし」と諦めすぎてしまう。
この三つがぐるぐると回り続けている運動のことを、わたしたちは「生きている」と言うんだ、と浜崎さんはおっしゃっていました。
浜崎洋介さん
これが多分ね、生命力の定義で、かつそれが美学なんです。特に日本人の美学なの。
わたし、この話を聞いてハッとしました。
現代の日本人は、武士道的なもの、仏教的なものを失ってしまったがゆえに、「媚態」しか残っていないのかもしれない。
だから、どこか野暮になってしまっている。
生き生きとした「粋」さが失われている。
これって、すごく核心を突いた指摘だと思いませんか?
なぜ現代の日本人は「理想像」を見失ったのか
浜崎さんとの対談の中で、羽賀さんがこんな問いかけをしました。
「子供たちが影響を受けるアニメを見ても、どこにも理想的な父や母がいない。サザエさんも、ドラえもんも、ちびまる子ちゃんも、クレヨンしんちゃんも、頼りないお父さんばかり」
浜崎さんは、これを「戦後の問題」として深く掘り下げてくださいました。
浜崎洋介さん
日本人の父親像って、たとえば西郷さんって多分父親でしょう。もっと言うと楠木正成がそうだし、聖徳太子ですよね。もっと言うと、もしかすると天皇陛下かもしれないわけ。
でも、敗戦によって、わたしたちは「父」を失った。
有名なマッカーサーと昭和天皇の写真。
手を腰に当ててリラックスしているマッカーサーと、直立不動で緊張している昭和天皇。
この写真を見て、「どっちが上かがはっきりした」と感じた人がいた。
そして、マッカーサーのもとには「あなたが日本の父親なんだ」という手紙が1日50通以上も届いたそうです。
でも、1952年にマッカーサーが去ると、また父親像がいなくなった。
残されたイメージを真似しようとしても、気遣いの文化を持つ日本人には馴染まない。
だから、お父さんたちは「すってんころりん」のドタバタ劇になってしまう。
子供たちは「こんな親になりたくない」と思いながら育ち、過去を否定し、先祖を否定する。
そうすると、伝統から切れて孤立する。
孤立するから、自分で新しいスタイルを作ろうとするけど、伝統に支えられていないから客観性がない。
だから、また孤独になり、不安になっていく。
この悪循環が、ずっと続いているんですね。
「ファン」ではなく「主体」になること
『鬼滅の刃』の話題も出ました。
鬼殺隊の隊士たちは、鬼にならないかと誘われても、「そう生きたくない」と美学を貫く。
2020年に一番ヒットした映画になったことには、希望を感じる部分もある。
でも、浜崎さんはこうも指摘されていました。
浜崎洋介さん
美学が失われているから、ないものを幻想して、「こんな世界あったらいいよね!」という理想論になって、現実と違う夢で、余計乖離してる可能性がある。みんな心をそっちに移して、こっちは生きられない自分を慰めるという消費のされ方をしている可能性もある。
煉獄さんを見て「煉獄さんになりたい」と思うならいい。
でも、「煉獄さんってかっこいいよね」とあっちに見ちゃうと、それは「ファン」なんです。
浜崎洋介さん
ファンはね、俺の言葉で言うと戦力にならないんです。
これ、わたしもドキッとしました。
「戦力」というのは、自分で立って、自分で戦って、自分で切り開いていく主体のこと。
師匠がやることは、弟子を奴隷にすることでも、ファンにすることでも、信者にすることでもない。
弟子自身を「主体」にすることなんだ、と。
師匠を離れて自立して、師匠とは違うことを言ってくれたとき、ようやく師匠の仕事が終わる。
これは、親心も一緒ですよね。
内側から出てくる信仰心
対談の最後に、浜崎さんはこうおっしゃっていました。
浜崎洋介さん
最後は信仰じゃないですか。本当にそう思います。別に何かを信仰しろとは言わないけど、信仰心のようなものは絶対いると思う。
ただし、外から押し付けられた形の信仰ではダメ。
内側から出てくるものじゃないといけない。
これって、神社参拝にも通じることだと思うんです。
「ご利益があるから行く」「みんなが行ってるから行く」という外側からの動機ではなく、
「なぜか心が惹かれる」「ここに来ると落ち着く」という内側からの感覚。
その感覚を大切にしながら、神様と向き合っていく。
それが、本当の意味での信仰心なのかもしれません。
パンよりも魂を選ぶ決断を積み重ねること。
それを支えてくれる人間関係を大切にすること。
そして、内側から湧き上がる信仰心を持つこと。
この三つが、イキイキとした人生を過ごすための鍵なんですね。
いかがでしたか?
浜崎洋介さんのお話、本当に深くて、わたし自身も考えさせられることばかりでした。
現代の日本人が生き生きとした姿を取り戻すためには、失われた美学を取り戻す必要がある。
そのためには、武士道的なもの、仏教的なもの、そして神道的なものを、もう一度見つめ直すことが大切なのかもしれません。
あなたも、日々の小さな選択の中で、「パン」と「魂」のどちらを選んでいるか、ちょっと意識してみてくださいね。
きっと、その積み重ねが、あなたの人生をイキイキとしたものに変えていくはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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この記事をまとめた人

- 神社チャンネルのメインキャラクター。北極神社の新米巫女。2017年、神社参拝セミナーで羽賀ヒカルと出会い、日本人の良さと伝統を伝えていきたい!という思いから、この神社チャンネルサイトが始まりました。(という設定です。)
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